紺色が似合う僕ら




「熊って雑食なんだぜ」

こたつの向かい側に座っている晋助が唐突にそう言ったが、私は何も返さずテレビのもののけ姫に視線を戻した。わりと低レベルな知識なのにドヤ顔なのがムカつく。

「オイ聞いてんのか」
「……」
「オイ」

学校帰りにこいつをそのまま家に招き入れたのが間違いだった。
まあ招き入れたというか、ごく自然に玄関まで入ってきてごく自然に洗面所まで付いてきて、そしてそのままごく自然にリビングのこたつにまで入ってきて、私もその時話していた数学の平山の語尾がヤバいという話に夢中だったため、うっかりツッコミ損ねただけなのだけど。

考えたらいくら家が近いからといって、親のいない女の子の家にこうもづかづかと上り込む高杉はデリカシーがないか、女にだらしないかのどっちかだと思う。

「肉食だと思ってたんだろ」
「思ってない」

そんな男以上の馬鹿だと思われたら癪なので、短く否定してテレビの音量を上げる。

「お前、アシタカと俺どっちが大事なんだよ」
「アシタカだよ!」
「なにキレてんだよ」
「アシタカと自分比べるとかありえないから」
「顔はイーブンってとこだろ」
「ふざけんな」

おこがましくもムッとしたらしい晋助は私からリモコンを奪い消音ボタンを押した。電源を切らないとこからして、彼も少しは見たいらしい。

「フン、所詮テレビの中の人間だろーが」
「…じゃあ晋助は、サンと私どっちがいいの」
「俺ァえぼしだよ」
「そう…」

なんだか腹が立ってテレビから晋助にじっとりと視線を移す。その顔は少し赤い。
もしかして照れてる?とこちらもつられて目を伏せれば、彼の手元には勝手に冷蔵庫から持ってきたらしいキリン一番搾りがあった。

「ちょっと!」
「あ?」
「それ私のお父さんの!」
「ああ、美味いな。お前のお父さんのビールは」

晋助はすでにほろ酔いらしく、学ランを脱ぎ捨てゆったりとビーズクッションにもたれている。人の家でここまでくつろげるのはある意味才能かもしれない。

私はヤケになって半分ほど残っていたビールをごくごくと一気に飲み干した。
あまり美味しくない。

「…オイ、お前酒強いのか」
「わかんない」

にわかに目が覚めたらしい晋助の声が聞こえたが、今度は私の意識が危うい。
彼のカーディガンの紺が目のはしで揺れている。いや、揺れているのは私か。

部屋の中は暖かい。こたつの中はもっとだ。でも私の体が一番熱い。冷え性なはずの爪先はいつの間にか汗ばんでいてハイソックスを脱いでしまいたかった。
テレビの中は最終局面に向かっている。私も気分的にはクライマックスだ。

晋助はすごくうっとうしい奴だけど、それでも私が彼を追い返さないのは、私の片想い歴が今年でかれこれ10年を迎えるからだ。アニバーサリーである。学校ではもっぱら晋助の片想いということになっているらしいが、事実は違った。晋助の紛らわしい行動なんて不安材料にしかならないくらい、私が彼を、本気で好きなのだ。

近頃の晋助がそれとなく何かを切り出そうとしてくれているのは解るが、いざそういう流れになると恥ずかしくてつい話を逸らしてしまう。だって今さら、何と言われて何と答えればいいんだろうか。「付き合ってくれ」「まあ嬉しい」とか?ないないない。

「大丈夫か。尋常じゃなく赤ぇけど」
「うん」
「一応聞くけど、今日親は」
「遅いよ」
「そうか」

クッションから体を起こした晋助は、こたつ布団から両腕を出し真っ直ぐにこちらを見ていた。
私は自分の心臓が耳の裏にあるんじゃないかってくらいドクドクとうるさくて、うっかりしたら次の大事な一言を聞き逃しそうだった。
今日は、今日こそはちゃんと答えたい。
晋助がもしふざけないで伝えてくれたら、私も自分に素直になろうと思った。

彼は優しげに笑う。

「共に生きよう」
「黙れ小僧」

私のせいじゃないと思う。



2011.12.14

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