「匪口くんは、敬語が使えないのかな?」
「使えないわけじゃないんだけど、なんかさ」
休日の大学生のような格好で椅子の背にもたれ、彼はぽりぽりと首を掻いた。
いかついスーツの中に飄々と浮かぶ緑は目に優しい、わけもなく私の神経を逆なでる。最近の若者と言えば私だってそうなのだが、彼はまさしく新人類といったところだ。
「なんか、なに。私一応歳上なんだけど」
「キャリアは俺の方が上じゃん。名字さんが使えば?」
「……」
19歳で刑事になった破格の天才にキャリアで勝てる同期などいないが、それはそれ、これはこれだ。私は何も自分が気に喰わないという理由だけでそう言ったわけではない。彼の生活態度全般を指してのことだ。歳の近い私だけならまだしも、彼は皆が恐れるスーパーエリートの笛吹さんや、絵に描いたような実力派である筑紫さんにまでこうなのだ。これでは現場の士気が下がる。と思っているのに、私以外は本人も含めそう気にしていないようだった。
「社会性を身に付けなさい!」
「社会性ってなに? 社会なんて人の数だけあるよ。例えば実力派社会」
そう言われぐっと言葉に詰まる。実力と言われてしまえば私が彼に勝てることなどなかった。なんだか虚しくなってとろとろと椅子に座り直す。これではまるでコンプレックスからくる後輩いびりだ。
「私、警察向いてないかもしれない」
小声でそう言うと彼は少し慌てたようで、深く倒していた背もたれから起き上がり膝に手を置いた。八つ当たりした上、新人類にすら気を使わせるなんてこれはいよいよ向いていない。
「えっと、名字さん辞めたいの?」
「辞めたいわけないじゃない。うちは代々警察官の家系で、両親だってそうだったんだから」
「へえ、優秀な血筋なんだ。きっといい育てられ方したんだろうね。名字さん見てるとそう思うよ」
「匪口くんのご両親は?」
「うーん……冒険家?もうどっちも死んでるけどね」
「そうなんだ……無神経にごめん」
「いーよ」
彼はいつも通り朗らかなようでどこかひねた笑顔を浮かべていたが、会話の内容からか、やや寂し気に見えてしまった。単純だし、軽率な思考だと思う。私には冒険家の死というものがどうも想像できなかった。荒野で熊にでも食べられたのだろうか。疑問だったが、聞けるわけもなく缶コーヒーに手を延ばす。彼のことだから適当なことを言っているのかもしれない。
「匪口くん昼食は?」
「小銭忘れちった。今日はいーや」
「良くない。そんなんだから細いんだよ。ほら、あんぱん半分あげる」
「缶コーヒーにあんぱんって、名字さんのそういう型から入るみたいなとこ結構かわいいよね」
「……ほっといて」
けたけたと笑う匪口くんは私のあんぱんをやんわりと断って、頭の後ろで手を組んだ。
「キーボード油っぽくなるの嫌だからさ」
やっぱり、彼には社交辞令とか縦社会とかそういったものを叩き込む必要があると思う。
「まったくもう」
「名字さんていっつも怒ってるよね。母親みたい」
「……似てるの?」
「全然」
彼の笑顔が、苦手かもしれない。
私は油まみれの手のひらで彼の後頭部を軽く叩いた。
2013.7.1
うさみさんhappy birthday!