みなさんゴジラという映画をご存知だろうか。
ゴジラVsなんちゃら、じゃない。元祖『ゴジラ』だ。山のように大きい恐竜の化け物が、山陰からドオンドオンと空気を震わせ近づいてくる。
人間の力じゃ出せない圧倒的な轟音。町はおもちゃのように破壊される。私は今まさにそんな光景を目の当たりにしていた。
「し、静雄」
ドオオォン─。
「静雄!しず、」
ドオォォン─。
「静雄ってば!」
ドオオォンバキイイン─。
路地裏で壁に頭を打ち付けるバーテン服の男はゴジラと比べるまでもなく小さい。むしろ松井より小さい。しかし町(の一部)は破壊されていた。
昨夜酔っ払って訪ねて来たこの男、酩酊し散々絡んだ挙句、我に返ったかと思えば記憶をなくし、その後数分うなった末、キャパオーバーを起こし昏倒、爆睡。
今朝になって目を覚ました時には酒は大方抜け、やっかいにも記憶だけが潮の引いた浜辺のごとくくっきり浮き彫りになっていたようで、一晩堅い廊下で寝た身体を心配する隙もなく玄関から飛び出して行った。
すごい勢いで町へ消えた彼の行方を突き止めることは至極困難……でもなく、こんな早朝から土木工事などしているはずもないので、つまりはこのゴジラの足音を追っていけば静雄に辿り付く、というふざけた推理のもと捜索したところ見事発見した、とそういう次第だ。
そんな馬鹿な話があるかと思うかもしれないが、このようなふざけたエピソードを日々更新し続けるのが池袋という町なのだ。
「…!名前!く、来るな!」
「静雄、大丈夫、怖くない」
私は両手を軽く上げ危害を加える意思がないことを主張しながら、ジリジリと静雄に近付く。
しかし動揺した静雄は何を思ったかビルに備えられた室外機をバカリともぎ取り、私との間に置いた。
どれだけびびっているんだ。私が何をした。これはもはやゴジラじゃない。ドラえもんと名前の恐竜2011だ。おいでピー助。
「大丈夫だよ静雄。私けっきょく昨日、何もされてないわけだし」
「…そういう問題じゃねえ!」
「ていうかむしろ、私が襲ったような形に、」
「っ、違ぇ!言うな!」
フォローのつもりで言ったが逆効果だったようで、静雄は勢い良く後ずさり壁に後頭部をぶつけた。壁がまた少し崩れた。男心は難しい。
酔っ払って暴走する静雄も恐ろしいが、テンパって逆走する静雄は更に恐ろしい。照れ隠しと言いつつ手違いで殺されそうだ。
そんなのはたまらないので、とにかく落ち着くまで刺激すまいと少し離れた場所から見守っていると、ようやく羞恥心を乗り越えたのか彼は額の汗を拭き私を見た。
「…名前。悪かったな、昨日は」
「うん、平気だよ。どう?酔いは醒めた?」
「ああ、醒めた。完全に醒めた」
「だろうね」
これで醒めなかったらこのビルも浮かばれない。
「……ちゃんと。言わなきゃいけねえよな。こういうのはよ、酒のはずみで、とかじゃなくて、きっちりよ、」
「…え」
彼は自分に言い聞かせるように呟くと、二人の間の室外機を片手でどけた。
意を決したら決したで静雄の動きは早く、私はあっという間に反対側のビルに追い詰められる。
これはまるで、昨日と同じ状況だ。しかも相手は酔っていない。勘弁してくれ、ヘタレなのかケモノなのかどっちかにしてほしい。真剣な目を間近にして、今度は私がテンパる番だった。
「名前、」
「し、静雄、赤いよ」
「るせ、…あぁー!ちくしょう!すげえ好きだ!」
彼は言うと同時に耐えかねたように私の横の壁を殴った。
ドゴォとすごい音がして地面が一瞬揺れる。あれ?これ私脅されてるわけじゃないよね?
「名前!」
「はい!」
先を促すように名前を呼ばれ肩が跳ねる。あわわわ何か返さなきゃ。
「あ、あ…」
「……」
「あ…あの、ありがとう……」
とりあえずお礼を言い、続く言葉を探す。
今後の展開とか二人の未来とかそういうものをごちゃごちゃ考えていたのだけど、私が答えを見つける前に静雄はパッと壁から手を離し横を向いた。
「……おう」
照れたように頭を掻き、外れて首元に垂れていた蝶ネクタイをぱちりとはめ直す。
さっきまでロックオンされていたカーソルが一気に解除された気がして、自然と身体の力が抜けた。
…おう?おうって何のおうだろう。
私は予想する。もしかしたら、静雄の中で告白というのは告白として独立した行為なのかも知れない。
関係を発展させる過程などではなく、想いを伝えること自体として、完結しているのかもしれない。小学生か!とも思うが、きっとそれだけ純粋で重大なイベントなんだろう。
つまり私のありがとうで、静雄の中ではひとまず幕は下りたわけだ。
「…朝メシ、食いにいくか」
静雄はすっかりスッキリした顔でそう言うと、サングラスをかけはにかんだ。いつもの静雄だ。……なんだそりゃ。
私は昨夜と同じようにマイペースなこの男を打ち破るべく、胸倉を掴んでキスしてやった。
ピー助は純情な子です
2011.10.7
Thanks 500,000 hit!
六景さんリクエスト「短編『JERRY』の続き」