雨に火のつく



雨だ。
と思った時にはもう本降りになっていて、傘を開く間にも容赦なく髪を濡らす。近頃の雨は足が早い。

やっと開いた折りたたみ傘の下、せっかく買った食品たちがダメになっていないか確かめ、ビニール袋の上をきゅっと縛った。立ち上がり顔を上げると、雨でけぶった数メートル先に見慣れた隊服が見える。
シャッターの閉まった商店の軒先でポケットに手を入れて、降りしきる雨粒を睨んでいる男に声をかけた。

「土方さん、雨を脅したって止んじゃくれませんよ」
「……そんなんじゃねえよ」

水も滴る鬼の副長に、申し訳程度のハンドタオルを差し出しつつ尋ねる。

「市中見廻りですか?」
「ああ。当番だってのに総悟の奴はどっかばっくれやがった。歩きで廻る日に限ってこれだ」

彼はそう言いながら濡れた黒髪を適当にわしわしと拭き、タオルを元通り綺麗に畳む。大雑把なのか丁寧なのかわからない人だ。束になった前髪の一部が額に張り付き、いつもより少し幼く見える。しかし直視していられないほどには色っぽかった。

「お前は買い出しか?」
「はい。……ちょっと小さいけど、いいですか?」
「悪いな」

傘を副長の方へ傾けながら聞くと、彼は右手で傘を受け取り、左手をん、と差し出してきた。

「え?」
「袋」
「ああ、ありがとうございます」

こういうさりげない優しさが、彼のモテる由縁だと思う。
恐れ多くも巷で娘達に騒がれる色男と相合い傘なんてしているこの事態に、しばらく色恋から遠ざかっていた私の心臓はおかしな音をたてた。
私の身体がちっとも濡れないのは、彼の肩が大幅に濡れているせいだろう。二の腕が時折触れ合うほどの近さに、水の匂いに溶けた紫煙と男の人の匂いがする。

軽い世間話や溜め息混じりの愚痴を一定のペースで零す土方さんは、二人の間の空気がおかしくならないよう気を使ってくれているのか、はたまた私のことなんて全く意識していないのか解らないけれど、雨の音と混ざる低い声は耳に心地が好かった。

「本当に大した人ですねえ……」

うっかり口に出してしまった独白を、自分に対する相槌ととったのか、土方さんは眉根を寄せる。

「俺だって好きで世話焼いてる訳じゃねえよ。ったくあいつら全員、俺に何か恨みがあるとしか思えねぇ」
「そんなそんな」

彼は染み付いた動作で懐に手を伸ばし、当然の如くしなしなになった煙草の箱にうんざりとした表情を見せた。

「ま、嫌われ役は慣れてるからいいんだけどな。好かれんのは近藤さんだけで充分だ。組織の二番手が部下の機嫌取り出したら、崩壊するのは目に見えてる」

その言葉を聞いて、私はそれじゃあと考える。
ちょうどいいタイミングで到着した頓所の門をくぐりながら、傘を閉じ、上着を脱いで水滴を払っている彼に問いかけた。

「私は隊員じゃないから、副長を嫌わなくてもいいんですよね?」
「あ?」

カッターシャツとベストのみになった土方さんの左肩は、やはりしとどに濡れている。私はこの、とことん真面目な不良男性に対して先程から燻っていた想いが、いよいよキナ臭い匂いをたて始めたのを感じた。

「私、土方さんのこと好きみたいです」

彼は突然の告白に目を見開いた後、わずかに俯きながら笑う。そうして困ったように、湿気った煙草を口に挟んだ。

「そりゃ久しぶりに、いいこと聞いたな」



雨に火の付く恋

2011.6.6

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