Role allotment



 シュバインさんは自室へ戻るなりスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ソファーに放った。

「仕事着がシワになるわよ、黒服さん」
「ああ……」

 それを拾い上げ、椅子の背にかけながら声をかければ、返事だか溜め息だかわからない声が返ってきた。この人は私の上司だ。しかし私は彼の部屋に居付くことを許されている。私が彼の恋人だからだ。

「遅かったわねえ、今日も」
「RD-1の新しい情報が上から寄越されてな。まぁ結局、デマか事実かも解らない訳だが」
「ああ、例のわんちゃん」

 ネクタイを緩め、袖のボタンを外しながらソファーに身体を沈めるその姿は随分疲れているように見える。この人は上からのウケも良いし下からの信頼も厚いから、とにかく忙しいのだ。加えて本人も完璧主義。仕事が出来るのは良いが、手抜きと息抜きが下手なのでは身体が保つまい。

「サービス残業もほどほどにね。過労で倒れたって、こんな組織じゃ国民保険も効かないんだから」
「保険が効かない代わりに顔が利くから良い」

 そういう問題じゃないだろう、と思ったがツッコまない。非合法な保釈金積んで三日で部下を取り返すような男だ。冗談で言っているのではないだろう。

 ビール飲む? と振り返ればすでに彼は冷蔵庫の扉を開けていた。いつの間にネクタイを取り去ったのか、真っ白なワイシャツ一枚で缶ビールを手にしている彼に、ふと懐かしさが込み上げる。シャツの裾もスラックスから垂れていて、仕事の間は年齢より幾分しっかりして見える彼も、こうしてみると歳相応。26歳の男だ。
 立ったまま缶ビールを一口飲み、煙草に火を付け、溜め息のような煙をふうと吐き出す様を、私は椅子に座りながら眺める。こうして見ていると、彼がまだ故郷のドイツ支部でバリバリ現場の任務をこなしていた頃とそう変わらないのだが。日本に来てからは苦労が多いのか、彼の青年っぽさを垣間見るのは久しぶりのような気がした。近頃、紳士組の動向が怪しい。また奴ら、おかしな事を企てていなければ良いんだが。ウィルバーの奴はいまいち掴めないな。大人しく部屋でチェスでもしててくれた方がよっぽど良い。
 愚痴なんだか相談なんだか独り言なんだかわからないけれど、煙草を一本吸い終わる間にそんなようなことを口走り、私が灰皿を差し出すと悪い、と言ってフィルターギリギリの吸い殻を押し付けた。

「ねえ、現場の方が向いてるんじゃないの?」

 私が思わずそう言うと、シュバインさんは視線だけをこちらに向けて次の煙草に火を付ける。

「なんだいきなり」
「そりゃ、あなたの管理能力は認めるけど。外に出てドンパチやってた頃よりよっぽど疲れて見えるから」
「……もう若くないってことだろ。それに俺は今の仕事にやり甲斐を感じている」
「それは見てればわかるわ。でも実際の所、どっちが好きなの?」
「仕事を好き嫌いで計ったことはないな」
「……大人ぶっちゃって」
「もう大人なんだ。それに俺だってまだ現場には出てる」
「視察や誘導ばかりじゃない。もっとアキラくんみたいに、バスのドア吹っ飛ばしたり謎の生物とカーチェイスしたりしたいんじゃないの?」
「……アイツ、そんなことしてるのか?」
「知らなかったの?」
「管理者失格だな」
「まぁそんな細かい事とか任務外のことは、知らなくても無理はないわよ」

 お互いのために慌ててフォローするが、彼は少し不満そうだ。

「じゃあ、お前はなんで知ってる?」
「仲、良いもの。ねぇ、寝る前に温泉入ってきたら? 疲れとれるわよ」
「いや……」

 私が立ち上がりながらそう言うと、彼は二本目の煙草を灰皿に捨て、私の肩に後ろから腕を回した。

「今の俺は、退屈か?」

 びっくりして振り向くと、首筋に顔を埋められ、受け止めるように頭を抱き込んだ。

「違うよ。ただ、心配になっただけ。最近漫画みたいにおかしな事件が続いてるし」
「……確かにな」
「闇医者のお世話になる前に、しっかり休めってこと!」

 いたわるように背中をポンポンと叩く。この部屋にいる間は、私が彼を叱ってもいいのだ。黒服を脱いだ彼は非合法組織のよく出来た上司などではなく、ただの私の恋人なのだから。


2010.?.?

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