SHORT



 地球人とは、皆こんなに心が広いのだろうか。

「まあまあ。彼だって悪気は……あるのかもしれないけど、根っからの悪人ってわけでもないじゃない」
「悪びれずにする悪ふざけが最悪の斜め上を行ってるからこんなにも悩んでるんだろうが!」
「……ご、ごめん」
「……すまん」

 しゅんと謝る彼女に、慌てて態度を改める。バカ王子の事となると、つい我を失うのは俺の悪い癖だ。しかし俺だって、昔はこんなにキレやすい人間じゃなかったはずだ。どちらかといえば我慢強い性格だったし、人前で取り乱すようなことはまずなかった。人望は厚い方だと自負していたし、恋人だって人並みにいた。いつからこうなった、と思いを巡らせ、ため息と共にしょうもない愚痴を吐く。

「俺はある日、王子の目に余る行いを正面切って批判したんだ。護衛軍隊長として、いや人間として当然の忠告だった。しかしそれ以来、奴のあの忌ま忌ましい脳みそが思い付く限りの嫌がらせを俺は一身に受けている。……納得出来るか!?」
「お、おちついて」

 再び息を荒げる俺を諌めるように、彼女は手を握った。思えば奴の暴虐に振り回されるようになってからは、恋人どころか友人すら目に見えて減ったように思う。今でも慕ってくれているサドとコリンには甚く感謝してる。ドグラ星では、あのバカの下で10年働いているというだけで"なんかこわい"のレッテルを張られ、皆面倒事に巻き込まれたくないという一心でジリジリと距離を取るようになった。今じゃ俺達は星中から、いや宇宙中から遠巻きに眺められている状態だ。
 それはしょうがないと思う。正直俺だって距離を取りたいどころか、護衛すべき対象を何度この手で葬ってやりたいと思ったか知れない。でも俺はもう限界だ。俺だって誰かに甘えたい。休みたい。兵士に休息が必要なように、指揮官にだって安息の時が必要なのだ。

「まあ、そのおバカ王子さまが地球に墜落してくれなかったら、私達だって出会ってなかったんだから」

 この女に会ったのは、ちょうどそんな時だった。

「そうだな。俺が奴に感謝することが一つあるとすれば……」

 こんなキッカケさえなければ生涯関わることのなかっただろう、この辺鄙な星と出会わせてくれたことくらいだ。まだ地球外の生命体を認識してさえいないこの星は、文明度が高いとは決して言えないが、人間という種族は広い宇宙でも稀に見る寛容さを持ち合わせているように思う。
 この女にしてもそうだ。それは外の世界を知らないがゆえの温厚さなのかもしれないが、俺の荒んだ心を慰めるにはちょうど良かった。異星の王立護衛軍隊長、という俺の立場を彼女がどれほど理解しているかはわからないが、あのバカの奇行を目の当たりにして尚、こうして俺を受け入れてくれている。地球人というのは些か呑気すぎるのではないかと心配になるが、自分をあのバカから切り離し、一人の男として見てくれる者なんて、今までどの星にもいなかった。

「ハァ、怒鳴って悪かったな」
「少し落ち着いた?」

 俺の手を取り柔らかく微笑む彼女に、別の意味で心が高揚するのを感じる。惚れてしまえば血の色など関係ないのだ。今までしてきた宇宙規模の苦労を思えば、帳消しとまではとても言えないが。それでも彼女と出会えたことで、いくらか報われた気にはなる。髪を撫でると、彼女は珍しくいたずらな眼差しで俺を見上げた。

「こんなに私に惚れ込んでるなんて、引き合わせてくれた王子さまにはうーんと感謝しなくちゃね」

 そう言うと、彼女はシュルシュルと音を立てた。シュルシュル?人間から出るはずもない音を聞きながら、俺はいよいよ疲れて頭がおかしくなったのだな、と思う。ため息を吐きながら目を閉じた。
 何が起きても今さら動揺などしてやるものか、という半ば諦めにも似た覚悟をして目を開けると、女物の服を着て俺の腕に収まる王子がそこにはいた。王子はえへっと頬に指を当て笑った。

「……」
「……えへっ」

 王子はもう一度笑った。俺は思考回路どころか心肺機能が一時停止していたと思う。そんな状態でも、聞き慣れた悪魔の声はするすると耳から流れ込んだ。

「うんうん。対象個体の微量な細胞から生成出来て、しばらくの間その個体になりきれるという画期的な新薬を開発したんだけど。君らを巻き込むのは悪いと思ったから、開発者自ら被験体となって効用を確かめていたんだよ。本当はもう少し長く効く予定だったんだけど、ここで切れたのはお互いのために良かったみたいだ」

 悪魔は続ける。

「おかげで部下の自分に対する心構え及び仕事への姿勢、加えて意外な弱音から恋愛観まで知ることが出来たからまあ良しとしよう」

 ポンと手を打った中性的な顔立ちの、しかしれっきとした男である自分の上司、つまり我が星の第一王子をぼんやり眺めながら思う。
 何故忘れていた。こいつは目的のためなら手段を、いや手段のためなら目的を選ばないとんでもない男だということを。
 つまり俺への嫌がらせのためなら男同士手を握り合うことだって厭わないのだ。こんなことしてみたらちょっと面白いかもしれない、けどもしかしたらあまり面白くないかもしれない、とかそんなノリだけで生きている男なのだ。
 最近大人しかったからって、すっかり油断していた俺も悪い。こいつの周りに平穏が訪れたとしたら、それは平穏をぶち壊す準備をしているだけということに、他ならないというのに。そんなことは今までの経験から解っていたことだ。
 でも、これはなしだろう。これはなしだろう。こういうのは、なしだろう。

「あら二人とも来てたの。って王子、何故私の服を……」

 本物の彼女が買い物袋片手に部屋へ入ってきた。俺は過度の心労によりぼさぼさと乱れた髪を整えることもせずに、胸元から小型電磁砲を取り出した。彼女の家を破壊せず対象だけを始末するには一撃で、確実に、息の根を止める必要がある。


思考回路はショート寸前

今すぐ殺りたいの



2010.11.25


- ナノ -