　アパートのドアを開けると、その人は鼻唄を唄いながら玄関で靴を履いている所だった。

「王子、どこへ行かれるのか」

　部屋の奥から声がし、私と彼は同時に顔を上げる。彼を呼び止めた長髪の男の顔には、『また暇つぶしと証し良からぬことを考えているな、そうはさせるか」と書いてあった。彼らと付き合いの浅い私にも解るくらいに、ハッキリと。王子は心外そうに振り返る。

「さてはクラフトくん、僕が暇つぶしを兼ねて日本の法的機関に干渉されない程度の規模で、君達に最大限の迷惑をかけてやろうと企んでいるな、とか勘ぐっているだろう。ふふん君が僕を十年分知っているというなら逆もまたしかりだよ。お前の考えてることなどお見通しだ」
「何を得意顔で言っとんじゃ！やっぱり悪巧みしてたんだな！？自分からとんでもないこと白状しやがって貴様は！」
「ああ、しまった！目先のおちょくりに気を取られて大局を見失った。僕としたことが。でももし本当にそう思っていたなら誤解だ。僕は日本の法的機関を考慮するつもりなど一切ない！」
「ああああやかましい！！」

　私はどうやらかなり間の悪い時に来てしまったらしい。胸倉を掴みつつ今にも殴りかかりそうな自分の拳を必死に抑える護衛隊長と、精悍な顔で屁理屈を言う王子がそこにはいた。部下のサドとコリンは労るような哀れむような諦めたような、複雑な視線で直属の上司クラフトと大元の上司の息子（つまり王あるところの王子）を見守っている。

「と、止めなくていいんですか？」
「怒ってる内はいいんです。止めるのは隊長が笑い始めてからですから」
「はぁ……」

　何やら知らないが、こんなことは日常茶飯事らしい。コリンが真顔で言った言葉を聞き流しながら、未だ相手をおちょくり続ける王子に声をかける。

「王子、この前言ってた職員名簿とその他諸々、ちょろまかしてきましたよ」
「ああ君か。助かるよ」

　彼はパッと手を広げ振り向いた。爽やかな顔だ。黙っていれば女と見紛うほどの美人だ。

「ふむふむ、なるほど。これならガソリンを山ほど用意しなくても済みそうだ。小麦粉の量も減らせるな」

　真剣な眼差しで書類を読みながらぶつぶつ言っている王子に、私も思ったことを言う。

「でもそれなら、ちくわと二酸化マンガンもいらなくないですか？ここに業務用クレンザーを思い切り流し込めばいいだけだし」
「なるほど、いいね。君の発想は実に僕好みだ。地球人にしては見所がある。となると男性用スキンを大量に結んだのも無駄になるということか。まぁいい、代わりにタラバ蟹がある」
「待て待て待て！お前ら何の話をしてるんだ！？」

　聞き流し兼ねると言った様子で割って入ってきたクラフトに、王子の顔を見ると彼はとても鋭い目をし、呟いた。

「それは言えない」
「言えーっ！」
「言ったら大変なことになるのだ。そう、ちょうど今のアイツみたいにね」

　汗を流しながら王子が窓の外を指差す。私達は一斉に振り返った。クラフトなどは瞬時に懐に手を入れている。
　しかしそこには何もなかった。王子に視線を戻す。そこにも何もなかった。

「あのやろう！！」

　逃げられたのだ。怒れる護衛隊長の矛先は当然私へと向く。

「貴様ら一体何を企んでる！？」

　わあ実際迫られるとこの人凄い怖い。これを涼しい顔で受け流す王子はやはりただ者じゃないと思った。

「そ、それが……王子は私の通ってる学校を拠点に、とても口では言えないような悪巧みを企ててるようで」
「教育機関を拠点にした悪巧みだと…？一体それはどんな内容だ！言え！」
「だから、とても口では言えないようなって……」
「いいから言わんか！！」
「お、女の子になんてこと言わせる気ですか変態！」

　私は王子から聞かされた計画の一部を思い出し、思わず赤面する。そんな私を見てクラフトは絶句する。

「……隊長『王子の考えた口では言えない計画』です。察しましょう。気の毒です」

　横から入ったサドのフォローに、クラフト自身も身に覚えがあるのか頭を抱えて黙り込んだ。あの王子、普段からよほどえげつない策略ばかり巡らせているようだ。

「ま、まぁ、人死にが出るようなことはなさそうですよ。トラウマを負う人はいるかもしれないけど」
「何故お前はそうと解って協力した！何かお前とあのアホの間に共通の利益でもあるのか！」
「何故って聞かれても…えーと、なんでだっけ？面白そうだったから、かな…？」

　私が頭を捻りながらそう答えると、彼はふっふっと静かに笑いながら私の両肩を掴んだ。『止めるのは笑い始めてからです』先程のコリンの言葉が頭をよぎる。

「なるほど、そうですか。面白そうだったから、ねぇ。どっかのバカと似たような事言うなアンタは。よろしい、向こうで詳しく話を聞きましょう。そのうち洗いざらい話したくなる」

　拷問前の常套句をさらりと言ってのけた彼に、私は隣に控える部下たちに助けを求める……までもなく二人は慌てて隊長を抑えにかかった。

「落ち着いて下さい、相手は一般地球人です。監視惑星の人民に不当な怪我でもさせたらあなたの立場が危うい！」
「うるさい！王子に味方する奴は皆俺の敵だ！」
「隊長、気持ちは解りますが我々は一応王子の味方なんです！冷静に考えて下さい！」

　とんでもないことを言い始めた護衛隊長を必死に止めるサドとコリンを見て、私はなんだかとても申し訳ない気持ちになった。そして楽しい人達だな、と思った。

類ハ友ヲ呼ビ、共ニ不ズ

2010.11.29