「カメラ見せて」
「だめ」
ぽとりと下がり気味の目じりをゆるめて相馬さんが笑う。すごく性格がいい人かすごく性格が悪い人の、どちらかに見える。
駅前のコーヒー屋で待ち合わせをして、そのままテラスでお茶をしていた。相馬さんの白いTシャツが光っていて眩しい。男の子は身軽でいいなと思った。キッチン服からは見えない鎖骨も、眩しい。
「デジカメが欲しいんだって?」
「うん。相馬さん詳しいかなと思って」
「俺、機種自体にそんなこだわりはないからなあ」
相馬さんはいつも持っている自分のカメラの電源を入れながら、私に大体の予算や使用頻度などを聞く。私はたまの旅行や行事ごとで使いたいだけで、膨大なデータを集めたり周囲の人を隠し撮りしたりする予定はないから、大容量メモリも暗闇撮影モードも要らなかった。相馬さんは相変わらずニコニコと頷きながら画像の整理をしている。彼の興味はいつだって自分のことより他人の色恋を見守る(かき回す)ことへ向いているから、この前私が言ったことも、もう忘れてしまったのかもしれない。
「覚えてるよ。君が俺を好きだって」
「心読まないで」
そんなわけはなかった。でも、なんてことない顔で蒸し返されるくらいなら忘れたふりをしていてくれた方がまだいい。意図なんて読めたもんじゃない。揺さぶりたいのか、からかいたいのか、それとも本当に無神経なだけなのか。
今日は一応、デートに誘ってOKをもらったという形に、私の中ではなっているのだけど。彼の中ではどうなのだろう。
「どうせならバイト入ってない日に誘ってくれればよかったのに。俺夕方からワグナリアだよ」
「……一日一緒にいると、緊張しちゃうから」
「ふーん?」
どう思っているかは解らないけれど、特に悪い気はしていないみたいだ。相馬さんは人当たりがいいしパッと見爽やかだから、こんなアプローチは慣れっ子なのかもしれない。バイト先以外で彼にどんな付き合いがあるのかは知らないけれど。
そう、私は相馬さんのことを何にも知らないのだ。何も知らないのに好きだなんて、馬鹿な女と思われているかもしれない。
「外で二人って、変な感じだね」
「相馬さん家から来たの?」
「うん」
「相馬さんの家見てみたい」
「だめ」
お断りも笑顔だ。やはりからかわれているのだろうか。確かに、彼が部屋に女性を呼んでいるところは想像できないけれど。
「相馬さんのこと知りたいのに」
「うーん、俺が君の家に行くならいいよ」
「私べつにいやらしい意味で言ってるんじゃないよ」
「俺だっていやらしい意味で言ってるんじゃないけど」
コーヒー屋を出て、たわいもない話をしながら反対口の電気屋へと向かう。否定しつつも妙にむらむらとしてきた私は、視界の端で揺れる相馬さんの手を握ってみた。相馬さんの体温は意外と人並みだ。冷たいとか熱いとか思っていたわけじゃないけれど、なんか笑える。
「個人情報げっと」
「サイコメトラー?」
「相馬さんの手はあったかい」
思うのだけど、相馬さんはちょっと引いている時が一番かわいい。あまりやると嫌われそうなので、さじ加減が難しいけれど。
「相馬さんの照れてる顔が、もっと見たい」
「だめだってば」
だめなことばっかだ。
2012.6.19