となりの



私たちが店に入ると、奥の席で退屈そうにグラスを傾けていた山口くんと目が合った。彼は驚いた顔をしている。最悪だ。まさか隣の席の合コングループに好きな人がいるなんて、本当に最悪だ。


となりの山口くん


山口くんは見てくれがいいし話もうまいから、しょっちゅう合コンの誘いを受けている。だからこうして、土曜日の夜に小洒落た店を訪れれば鉢合わせしてしまうことも充分考えられる訳で。しかし実際に現場を見てしまえばやはりショックな訳で。

率先して行っているのか、広告塔がわりに駆り出されているのかは知らないけれど、本人が美味しい思いをしているのも事実だ。本日の相手はどうやら桜ケ丘女子のようだ。上品で魅力的な女の子揃いな上、その大半の視線が山口くんへと向けられている。

山口くんは愛想よく笑顔を返しながらも、決してガッつくことなく彼女たちを受け流していた。私は一人ケッ、という気分でジンジャーエールを飲んでいたが、向かいの席の男の子にたわいもない話を振られ慌てて口角を上げる。

待ち合わせた時はそれなりに高水準に見えていたチーム男子が、山口くんからピントを戻した後だとイマイチに見えてしまうのはしょうがない。そもそも、私は合コンなんて柄じゃないし、好きでもないのだ。

から揚げにレモンをふりかけたり、その指を布巾でごしごし拭いたり、コースターをいじったり、グラスの周りの水滴をなぞったりしながらぼんやりと相槌を打つ。どうやら今は、この目の前の名も知らぬ男が私の中学の同級生と知り合いだとかいう話題で盛り上がっているらしいが、正直だからなんだという話だった。しかし相手が嬉しそうだから私も一応笑っておく。
そんなことをしているうちに一時間ほどが過ぎていた。

鏡の前でハァとため息をつく。無駄にお洒落なんかしてきた自分がちょっと虚しくなり、時計を確認する。19時半。いくら高校生でも、お開きにはまだ早い時間だ。

てれてれとした足取りでトイレから戻ろうとすると、通路の途中に例の男子が立っていた。
彼は「ちょっとアイツに電話かけてみようぜ」とか言いながら入り口の方を指す。アイツって誰? 電話って何? と思ったが、奥のテーブルの窓際で淡々と女の子を口説いている山口くんを横目に、から揚げをつつくよりはいいかな、と思い彼の後へ着いていった。

アイツ、とはどうやらさっき話していた中学の同級生だったようで、私はよくわからないまま携帯を渡され、あいまいな記憶を辿りながらたいして面白くもない思い出話を二分ほどする。
電話を切って横を向くと、思いの外近い位置に男の顔があり、慌てて前を向いた。階段の柵に乗せていた肘を覆うように彼の腕が周り、いかにも合コン好きの男がつけそうな香水の匂いが鼻につく。

「名前ちゃんさ、合コンあんま好きじゃないでしょ」
「……え。あ、いえ、すみません。そんな顔してましたか」
「ハハ、いーのいーの。ずっと見てた感じ、退屈そうだったし」

ずっと、と彼は言う。
そういう私は今日ずっと、何を見ていただろうか。瞼に残っているのはあの人の着ていた黒いニットと、僅かに跳ねた後ろ髪ばかりだ。さらさらなのにそこだけ上を向いていて、隙のある感じが彼らしいと思う。

「……なぁ、このまま抜けない? 俺も実は、あんまり合コンとか好きじゃないんだよね」

初対面の男の腕の中で、ぼんやりなんてするものじゃないなと思った。気付いた時にはさっきよりも近くに男の捕食者的な両目が光り(合コン嫌いとか絶対嘘だ)こっちを向けとばかりに頬に手を添えられていた。嫌だな、と身をすくませるとほぼ同時に「オイ」と上から声が振り、私たちは同時に階段の上を見る。
ずっと見ていた黒がそこにあった。
彼は悪い目つきをさらに悪くしてこっちを見下ろしている。

「……山口くん」
「は? 誰だよお前……」

山口くんはツカツカと私たちのいる踊り場まで降りると、私の肩をわしりと抱いて男から引きはがし「帰るぞ」と言った。

「は、ちょ、帰るって! 私荷物とか上に」
「ここにある」

誰になんと言ったのかは知らないが彼はすでに私の上着とバッグを持っていて、さらには「金も出しといた」と付け足した。当然、納得いかないのは私、よりも名も知らぬ彼のようで。

「何なんだよいきなり……! お前名前の何なわけ?」
「……悪いけどコイツの親から頼まれてるんで」

山口くんがサラリとそう言うと、彼はハ? と二の句を告げなくなり、お兄さん? と的外れなことを呟きながらそれ以上絡むことをしなくなった。確かに山口くんとは家族ぐるみの付き合いでもあるが、この状況でしゃあしゃあとハッタリをかます彼はさすがだ。

そのまま腕を引かれ、夜の街を闊歩する。
山口くんが一つくしゃみをしたところで私はようやく我に返り、上着着たら? と後ろから話し掛けた。彼は立ち止まり手に持っていたフードジャケットを羽織ると、こちらを振り返り不満丸出しといった顔で私を睨む。

「……馬鹿なのか!?」
「す、すみません」



2011.5.16

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