ヘイバッドボーイ



「西くん虫歯ある?」
「なンの話だよ。どうでもいいこと聞くなうるせぇ。バカか」

 西くんって、割となんでもないことで怒る。おかしな世界に振り回されているから余裕がないのかとも思ったけれど、たぶん根の短気が大きい。短気というより思春期? 反抗期か。私にはガンツミッションの日々が終わることより、西くんの反抗期が終わることを想像する方が難しかった。

 西くんと最初に会ったのはもう何度となく訪れているあの球体のさばる部屋だった。ミッションが終わりさて日常へ、となった時、私は彼も一緒にドアを開けたことに驚いてしまった。なんとなく彼はあの部屋に普段から住んでいる気がしたから。仲良くなってからそう告げたら「そんなわけねーだろ」と怒られたけれど。
 私の通っている女子中近くの共学校から、西くんが歯でも痛いんじゃないかってくらいしかめっ面で出てきた時、私は思わず人目もはばからず彼の名前を叫んでしまった。西くんはすごく嫌がって私の手を引き、人気のない住宅街の隅まで連れて行った。

「びっくりした! 近くに住んでるの?」
「どうでもいいだろ。それより、目立って迂闊なことすりゃ俺もお前も心臓吹ッ飛ぶんだ! ザケんな!」

 この時の彼の怒りは、今思えば正当なものであった。そして彼の正当さはそれが最後でもあった。西くんは大体常に理不尽で横柄で尊大だ。しかしどうでもいいことには1ミリも関心を持たないから、西くんに怒られている時私はちょっと嬉しくなる。

「ニヤニヤしてんな気食悪ッ」
「西くんかわいいなと思って」
「死ねよ」

 なんて口が悪い、まるで現代っ子だ。

「一回死んでるよ。でもまた生きてる。なんででしょう」
「……マジで死ね」

 西くんは言葉と裏腹に顔を赤らめ横を向いた。ポーカーフェイスもできないなら悪ぶらなきゃいいのに。

「私を生き返らせてくれたの、玄野さんでも加藤さんでもないって知ってるもん」
「じゃあ俺以外の誰かじゃねェの」
「……実は玄野さんにもう聞いちゃった」
「アイツ殺すッ……!」

 人より一枚インナー多めにならざるを得ない私たちは、この季節すごく熱い。彼はいかにも私立っぽいつやつやした生地のブレザーに爪を立て憤っていた。

「私西くんのこと好きだよ」
「俺は全く」
「やだ、じゃあ体目当て?」
「貧乳! うるせーよ貧乳!」

 二回言うなハゲ。大きくなる予定ならあるわ。西くんが反抗期を卒業する、その頃に。

「世界がまだあったらね。触らせたげるよ」

 西くんはフンとつまらなそうな顔を前に向けて、いつも通りどこかに連行するように私の手を握った。

2012.2.18

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