オールブックメーカー



 ノックをするが反応がない。
 戦々恐々の思いで生徒会室へ足を踏み入れると、よれよれのTシャツ姿でダラリとソファーに横たわる球磨川くんの姿があった。
 よれよれといってもシャツ自体がよれているわけではない。彼の体が細いせいで余った布地が重力に従い垂れているのだろう。垂れているといえばソファーからはみ出した片方の腕と脚もだらしなく床へと垂れていた。その様は私に木の枝に引っ掛かり空気をなくした白い落下傘のようなものを連想させる。正直見ているだけでこちらの気力まで削がれていくような、徹底的無気力かつ圧倒的影響力を放っていた。矛盾するようだが彼は生来そういう男なのだ。

「えーっと、他の皆さんは?」
「『知らなーい。遅刻してここ来たらもう誰もいなかった。全く酷いよね、僕副会長なのに。三時間遅刻したくらいでおいていくなんて血も涙もないよ』」
「今日は何か、執行予定でもあったの?」
「『みたいだね。でもまあ、僕がいて困ることはあっても、僕がいなくて困ることはないだろうから大丈夫だよ』」

 人が来たというのに全く姿勢を正すつもりのない我が校の副会長は、どうやらご機嫌斜めのようだ。何をされても言われても意に介さずパチクリしているような印象の彼だけど、置いていかれたり無視されたりするのは人並み以上に嫌いらしい。

「『あー眠い怠いやる気出ない。つまんない興味ない面倒臭い。そんな自分が情けないふがいない。なんて思うこともない。何しろ向上心がないから。さて僕は今何回"ない"って言ったでしょうか?』」

 球磨川くんはすごくつまらなそうにそう言って、反対側に寝返りをうった。よれたシャツがきゅっと内側に引っ張られ、細い腰の輪郭があらわになる。私はそれを上から撫でたい衝動に駆られたが首を振って打ち消した。

「『で、名前ちゃんは一体なんの用事で来たの?』」
「え?私?私は、えーとなんだったかな」
「『あのねえ、興味ないのに一応聞いてあげたんだよ?誰にどんな用があるのかくらい言ったらどうだい。僕が伝えといてあげるから』」
「……球磨川くんに伝言を頼むなんて、自分の評価を最低レベルまで下げたうえ変なあだ名付けられそうだから嫌だよ」
「『酷いなあ、僕がどれだけ独断と偏見と異訳に満ちた伝言をすると思ってるのさ』」

 私は普段の飄々とした球磨川くんより、こうやってふて腐れて解りやすい意地悪を言ってくる球磨川くんの方が好きだったりする。

「……じゃあ、ちょうど会いたい人だけ生徒会室に残っててくれて良かった、って球磨川くんに伝えといてくれる?」
「『……』」

 もののはずみでそんなことを言ってしまった自分に自分自身でも驚き、口を開けたまま固まっていると、ソファーから起き上がった球磨川くんもキョトンとした顔でこちらを見た。

「……ごめん、今のなかったことにして」
「『なかったこと?なに都合のいいこと言ってるんだい!自分で責任を取れないような言動はするべきじゃないよ!』」

 球磨川くんは球磨川くんにだけは言われたくないような正論をまくし立て、いそいそと学ランを着込み襟を正した。半分まで下がっていた瞼もしっかりと開かれ、眉もキリっと目頭に寄っている。さっきまでのやる気のなさはどこへいったんだ。本当に自分のテンションに忠実に生きる男だ。

「『うん、君の気持ちはしっかり球磨川禊に伝わったよ!確かに役員の出払った生徒会室でクラスの女子とやらしい行為に及ぶなんて、シチュエーションとしてはこれ以上ないくらいだね!』」
「うわぁ、異訳っていうかもはや妄想の域だよ君の脳内伝言ゲームは」

 このままこの場所に居たら収集のつかないことになるのは目に見えていたので、私は逃げるように彼に背を向けた。

『「あれ?もう行っちゃうの?せっかく起きたのに。まさか君って本物の大嘘吐き?」』
「なかったこととは言いわないけど、言うつもりはなかったからことだから。……しばらくいろいろ保留でお願いします」
「『オーケー、またいつでも来なよ。球磨川禊は24時間365日、君からの告白を受け付けるからさ』」
「大した方針だね」

 会長と比べたらえらく個人的ではあるけれど。


君と私の脚本作り


「『それにしても、恋愛なんていうルールのない勝負事でマイナスに挑もうなんて、名前ちゃんは見かけによらず度胸があるなあ』」
「く、球磨川くん。恋愛にルールはないといってもさ、少なくとも日本で生きていく上での法律っていうルールは恋愛にも適用されると思うよ」
「『えー、そっか残念。それじゃ僕が今考えてたアプローチはほぼ全部駄目だ』」


2011.6.9
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白玉一子さんリクエスト「ゲス可愛い球磨川くん」

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