箱を開けたら幸せになれるよ



 鉢植えの並んだ装飾過多な生徒会室。
 私たちはそこでトランプをしていた。といっても、二人なので出来るゲームは限られている。スピード、ポーカー、ブラックジャック。しかしどれをやっても簡単に勝ててしまうからあまり楽しくはない。負けている彼はもっと楽しくないはずだけど、その顔はにこにこと笑っていた。つまりは楽しくもないトランプを延々と続けるほどには暇なのだ。
 正確に言えば高校三年生の私は暇なんかじゃないのだけれど、それでもこうしてダラダラと暇ぶりたい時に、私はよく彼を訪ねる。

「……ねぇ、本気でやってる?」
「『もちろんさ。でも原則引きの良さに左右されるこれらのゲームで、僕に軍配が上るわけないだろう?』」
「確かに」

 私は試しに運に左右されないトランプゲームを探してみたけれど、当然のごとく思い当たらなかった。

「『仕方ないさ、運も実力の内。僕はつくづく勝利の女神に愛されてないみたいだなぁ。というか、女と名のつくものには愛された試しがない』」

 球磨川は大層可哀相なことを言いながら肩を竦めた。私は適当な返事をしながら互いの前に五枚のカードを配る。それを一枚ずつ裏返しながら、彼はうんうんと頷いた。

「『ロイヤルストレートフラッシュだ』」
「えっ!?」
「『僕は大抵最初のカードが一番いいんだ。もしポーカーに一度は必ずチェンジしなくちゃならないっていうルールがなかったら、毎回勝てると思うんだけどなあ』」

 やっぱりルールのある勝負は苦手だよ。そう言いながら持ち札を全部チェンジする彼を、私は改めて気味悪く思った。

「『そんな顔するなよ。傷付くだろ?』」
「ごめん、気味悪い人だなと思って……」
「『あはは、君って本当裏表のない人間だよね』」
「球磨川は裏表がないっていうより、裏しかないって感じだけどね」

 山からカードを引きながら言うと、球磨川はさっきと違う笑い方をしながら目を細める。

「『あるいはそうかもしれないね。めくってもめくっても裏。永遠の劣勢。永久の劣性。まあ僕らみたいなマイナスに表舞台は相応しくない。舞台裏でせこせこと、最悪の却本作りでもしているのがお似合いさ』」

 私は彼の能力を知っている。全てが彼と同じになった世界を想像して、反射的に顔をしかめた。

「『本当に裏表がないね君は。ついでに遠慮もない』」
「ごめんね」
「『別にいいよ』」
「私べつに、嫌ってるわけじゃないよ」
「『見てればわかるさ』」

 彼はそう言って少し優しげな顔をした。それはこの男にしては本当に珍しく、包容力を感じさせるような表情だった。もしかしたら球磨川も、本当は暇なんかじゃないのかもしれない。
 足りないながらに求める彼と、足りててなお求める私の、どこにそれほど違いがあるだろう。裏を返せば、球磨川の一体どこが特別と言えようか。ああそうだ、彼は返すもなにも裏しかないのだった。

「『ストップ』」
「え?」
「『ストップだよ。もう上がり』」

 文字通り思考を止められた私は、はじめて球磨川の方からストップをかけられ少し慌てる。

「『ポーカーで役を作れるなんて初めてのことだよ。今日はツイてるなあ』」

 ぺらりと掌を返したそこには4と13のツーペアが並んでいた。……彼はツイてると喜んでいるが。

「私には死の予言にしか見えないんだけど……」

 溜息を吐きながら、私は最後のターンで球磨川を見習い五枚のカードを山の横に捨てる。全てを一度「なかったことに」作戦だ。どうせ何を賭けているわけでもないんだし、一回くらい彼に勝たせてあげてもいいだろう。

「あ、」
「『ん?』」
「ごめん、私の方がツイてたみたい」

 一枚一枚引いたカードを手元に裏返せば、それは見事なハートのフラッシュ。せっかくはしゃいでた対戦相手に悪いなあと思いつつ顔を上げると、彼は予想外に嬉しそうだった。

「『あーあ、何回経験してもやっぱり負けるのには慣れないや。でもそれ、僕には恋の予言にしか見えないぜ』」

……恋の予言、死の予言、なるほどそれが二人の未来か。まったく、トランプの箱にそんなものが詰まってるなんて聞いてないよ。さっきから言ってるけど私実はそんなに暇じゃないんだけどな。


箱を開けたら幸せに慣れるよ


どんなに不幸なあなたでもね。


2011.7.7
西尾維新企画「『一般人』」さまに提出

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