「球磨川くん、泣きたいなら泣いてもいいんだよ」
「『泣きたくないよ。でも泣けてくる。不便なものだね』」
透明な涙をはらはらと流す球磨川くんは、それでもまだ括弧付けていたから笑ってしまった。
「『酷いな。笑うなよ』」
「ごめんごめん。あまりにかっこよくて」
「『性格悪いぜ』」
冬を引っ張り込むような冷たい風の吹く十月の屋上で、私たちは柵に背を預け時間を無駄にしていた。球磨川くんが誰かに負けるたびこうして一人で泣いているかは知らないけれど、少なくとも最近は私のところに時折現れては涙を流す。といっても彼はきっともっと日常的に負けているだろうから、今でも大部分は一人で泣いているのかもしれない。
私は泣いている彼を見るのが好きだった。無力な彼がそれを嘆く姿を、たまらなく愛しく思う。無償の愛情を注いで、母親のように庇護したいとさえ思う。
しかしこれは恋なんていう美しいものじゃない。どうやっても強くなれない彼への優越感と同情が引き起こす、歪んだ想いだ。依存と依存を掛け合わせて生まれたこの心地良いぬかるみを、私たちはなんと呼べばいいのだろう。
「恋に定理や法則があるとしたら、きっと二人のこれは当てはまらないんだろうね」
根っから文系の私は、ない構成力を振り絞ってありすぎる妄想力の糧にする。球磨川くんは珍しく括弧の取れたような笑い声を上げてから、再び括弧を取り付けて言った。
「『教科書に書いてあるような、既存の公式をなぞって何になるっていうのさ?どうせなら僕らで、教科書になんて載せられない不道徳で不健全で不義不貞の、恋に似た何かをしようじゃないか』」
「……恋に似た何か、ね。きっとそれが世間で証明される時、私たちノーベル物理学賞でも貰えるんだろうね」
「『そう、フェルマーの定理みたいに』」
ああでも、平和賞の方がいいなあ。涙が乾いた球磨川くんはそう呟きながらごろんと横になった。私もその隣に寝そべる。風に飛ばされてきた砂がぱらぱらと手に付いた。
「屋上で寝るのって、マンガやドラマで見るほど気持ち良いもんじゃないね。当然だけどコンクリートは寝るには固すぎるし、頭がごろごろしてなんか定まらない」
「『現実なんてそんなもんさ。こんなところでセックスしたら、あちこち擦り傷だらけになるぜ』」
言葉とは裏腹に、彼は私に跨って笑った。
彼となら傷だらけになるのも悪くない。どんな意味においても。なんて、それこそ週刊少年ジャンプみたいにクサイ考えか。
「現実もそう捨てたもんじゃないよ」
「『知ってる』」
球磨川くんの向こうには青い空と宇宙が見える。
恋の定理
2011.10.21
タイトルシャッフル企画「なまえをちょうだい」提出