R.I.P




当然のことを考える。
彼の青春時代に、私はいない。
私の青春時代にいない、後の誰かのように。

当然のことを考える。
私の青春時代には、彼がいる。
同級生としてでなく、教師として。

だからなんだという訳じゃない。
ただたまに、確固たる事実としてそう思うだけだ。


光の加減や、雑音と雑音の隙間。いくつかの偶然が重なった時、抗いがたい既視感に襲われることがある。
些細で部分的な光景が、次々とフラッシュバックして通り過ぎる。
この学園は変わらなさすぎるのだ。
そこに居る生徒たちだけが次々と移り変わっていくが、それすら集団として見れば多くは変わらない。

よって記憶は重なり合い、呼び起こし合い、今の自分を混乱させる。ある想いはぴたりと重なり、ある想いは予想を裏切る。二つの箱が混ざってしまったパズルのピースを、選り分けながら繋ぎ合わせるように、手探りで全体像を掴むしかない。

有り得ないことを考える。
もし、それらが一つの絵だったらどうなっていただろうか。

そこに彼女が生まれていたら。同じ景色を見ていたら。
全く違う今が待っていたのだろうか。今も心に残る一つの誓いが、こんなに固く結ばれる前に、彼女が優しく解いていたのだろうか。

有り得ないことを考える。
自分は過去の悲しみを宝物のように思えていたのだろうか。

望んでいる訳じゃない。
ただたまに、仮定として考えるだけだ。



珍しく、日のあたる教室で雑務をこなしながら教授は言った。

「いつかお前を、後悔させる日が来るのかもしれない」

その言葉は未来に向けられているはずなのに、過去を思い返すような響きを持っていた。
私はそれを、ずっと言い出せなかったことへのきっかけにする。

「あなたが誰かを想い続けていることは知っています」
「……」
「少なからず私にその人を重ね合わせていることも。私は永遠に彼女を、」

死者を追い越すことは出来ないということも。

「……でも私は生きてるんです、教授」

生きているから止められない感情もあるんです。教授だってそうでしょう。
もし、もしもいつかあなたが、私と生きることより彼女のために死ぬことを選ぶとしても。

「私はそのいつかまで、あなたを愛したことを後悔したりしません」

光の溢れる教室で、自らに言い聞かせるように呟いた。

「……そう、思うんですが。どうでしょうか」

少し恥ずかしくなり、相手に振る。教授はいつの間にか後ろを向いていた。

「最愛の人は死んだ」
「……」
「それは否定しない。だが我輩の人生において最後の……いや、最大の幸せは、お前に出会えたことかもしれないな」

一生に一度聞けるか聞けないかというような彼の素直な言葉に、びっくりして黙っていると「本心だ」とダメ押しをされる。

私は思わず泣きそうになって、でも零れたのは笑顔で、なんとも情けない表情になってしまった。

「馬鹿な人ですね教授は」
「愛を告げているのに、馬鹿はないだろう」
「だって馬鹿ですよ」

あなたは幸せになる方法を知っている。なのにいつだって別のものを選ぶ。
それはきっと、幸せよりもっと尊いものなのだろう。

私には、ちょっと想像がつかないな。



R.I.P
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s  a
t  c
   e



お前も充分馬鹿だ、と言って、彼も情けない表情をこちらに向けた。


2011.5.26
企画「COSMONAUT」さまに提出


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