「こ、これ…」
「校長は律儀だからな」
薄暗い研究室の机に、金色の包みが置いてあることに、気付かないわけがなかった。
鮮やかなリボンとメッセージカードはこの場所にあまりにそぐわない。
"HAPPY BIRTHDAY!"
楽しげに踊る文字に、私はショックを受ける。
地下にあるこの部屋からは見えないが、外は今も雪が降り続いているだろう。しんしんと、どこまでも冷え込むこの季節に彼は生まれたのだ。
「どうして教えてくれなかったんですか……!」
「自分の誕生日を振れ回る大人がいると思うか?」
あらかじめ知っていれば自分だってプレゼントを用意することが出来たのに。悔しく思うが、少し考えてから、あれ? と思い直す。
私は教授の嫌いな物ならいくらでも想像出来たけれど、好んでもらえる物となると一向に思い付かなかった。なんということだろう。想像力の欠如だ。好きな相手の好きな物さえ解らないなんて。
でも、だって、彼が何かを美味しそうに食べているところなんて見たことがないし、何かを見聞きして朗らかに笑っている様だって見たことがない。
装飾品にしたって、彼が黒い服と黒いローブ以外を身につけているのはやはり見たことがないので、選択肢などない。
花束などあげたところで、それが薬になる植物でない限りエバネスコされそうだ。
「教授ってこの世に好きな物とかあるんですか……」
「お前は我輩をディメンターかなにかの仲間だと思っているのか」
「まさか。彼らにだって好物くらいあるでしょう。人間の魂とか」
「……」
研究室に響く沈黙は、しんしんと冷たい。教授はたっぷりと間をとってから、わざとらしい穏やかな口調で言った。
「我輩の好きな物を教えてやろう」
「えっ」
「聞き分けのいい生徒と、一人の時間だ。解ったら今すぐそれを与えたまえ」
「……」
早く出ていけ、と遠回し(ともいえない)に告げられ肩を落とす。
部屋を後にしながら、彼の喜ぶ顔を私が見ることなんて、永久にない気がして途方にくれた。どちらにせよ今からじゃ、プレゼントを買いに行く暇などない。消灯時間までもう僅かだ。
装飾、花束、薬草……無意味と思いつつもう一度頭を巡らせたところで、私は突如あることを閃いた。
時間がなくても、お金がなくても、口実がなくても、渡せる物を私は持っている。
自分の部屋の引き出しの中に。そして自分の杖の中に。
*
「……忘れ物かね? それとも嫌がらせかね?」
再び扉をノックした私に、心が折れそうな視線を浴びせかけながら教授は聞いた。
「ごめんなさい、これを、今日中にお返ししたくて」
クリスマスパーティーの夜に借りたきり、返すタイミングをなくしていたショールを目の前に差し出した。
「……ああ」
小さくたたまれたそれを彼が何気なく掴む。
すそがするりと広がり、薄い布の隙間から零れるように青い小鳥が数羽、羽ばたいた。
小鳥達はキラキラと囀りながら彼の頭上をしばらくのあいだ旋回すると、机の上へ降り立つ瞬間ふわりと姿を崩し、花に変わった。
最後の一羽が一際ゆっくりと舞い降りて、青く光る翼を丸める。震えるようにほころび、薄水色の花弁を散らした。
「……呪文学が得意なのか」
「はい。……その花、ブルーカモミールと言って、紅茶なんかに浮かべると香りがいいんです。心が安らぎます」
レイブンクローの寮監であるフリットウィック先生の呪文学と、スプラウト先生の薬草学を混ぜ合わせてつくった、咄嗟の魔法だった。
「お誕生日おめでとうございます。できるだけたくさん、あなたにこの日が訪れますように。願っています。……おやすみなさい」
彼が望むのは聞き分けのいい生徒と、一人の時間。今日くらいはそれを守れなくてどうする。本当は一緒にいたくてたまらなかったけれど、そう自分に言い聞かせ扉を閉じた。ふうと息をつく。
しかし踵の向きを変える前に、扉は再び開かれた。私は驚いて、ドアノブを握っていた両手を肩の高さまで上げた。
「……消灯まであと30分ある」
そう言いながら部屋の奥の戸棚を開け、彼はティーカップを二つ、テーブルの上に置く。
そうして教授は、顔を上げ僅かに笑った。
ブルーカモミールが仄かに香る。
私の心は安らぎそうにない。
美しい魔法
2011.1.7