相殺




ワンショルダーのロングドレスに、後れ毛の一本もなくすっきりと結い上げた髪。
ドレスのミッドナイトブルーに映えるよう、靴は銀色のヒールを履いた。
僅かに波打つカットの裾を揺らしながら階段を降りる。

マクガーレンくんは目を見張りながら「驚いたよ、想像以上だ」と言って私を褒め讃えた。
しかし彼は今夜中に私をなんとかしたいと思っているようだから、お世辞二割と取っていいだろう。

マクガーレンくんはグリフィンドールの秀才で、ついこの間私が食堂で夕食をとっている時、「今度のクリスマスパーティーで僕のパートナーになってくれないか」と誘ってきた男の子だ。
パーティーは自由参加なので私は出るつもりはなかったのだけれど、私の手をとり一世一代という顔をしている彼を無下にすることも出来ず、思わず「私でよければ」と応えてしまった。

少し離れたグリフィンドールのテーブルからフーゥと囃すような声が上がる。
あれ、これってパーティー限定のパートナーという意味だよね?と不安に思いつつ、マクガーレンくんの顔を見るが、向こうの友人達に向かいガッツポーズをしている彼はもう私のことなど見ちゃいなかった。……まったく、私は賭けの商品かなにかか。

彼はハンサムなので周りの女子からは随分羨ましがられたが、私が本当に誘われたかったのはその時食堂の奥でまずそうにウィンナーシュニッツェルを刻んでいた陰気な男であって、しかしまあ、どの角度から考えても彼と私がクリスマスパーティーのパートナーになることは考えられないので、仕方なく私も自分のウィンナーシュニッツェルを刻みながら下を向いた。(マクガーレンくんはまだ友人達に得意気な顔を向けていた。)


パーティーが始まり、各々がクリスマスカラーに飾り付けられたテーブルの食事、またはフロアの異性にがっつく。

開始30分。私はすでに腰に添えられたマクガーレンくんの手と、晒されたうなじから右肩にかけてを這う視線に、うんざりとし始めていた。

「ちょっと化粧室に」

そう微笑んで、彼の腕からすり抜ける。
フロアを出てトイレとは反対の、人気のないバルコニーに逃げ出した。
一度外の空気に当たってしまうと、もうあの喧騒の中へ戻る気にはなれなかった。私はさっきつまんだサーディンが当たって腹を下したことにして、このまま帰ってしまおうと思った。ごめんなさいマクガーレンくん。しかしうまくいけばサーディンで腹を下すような女は願い下げだと、向こうから縁を切ってくれるかもしれない。一石二鳥だ。

そんなことを思いながら遠くの暗い森に目をやる。
石造りの淵に手を置き、ジュリエットにでもなったつもりで呟いてみた。

「スネイプ教授……」
「なんだ」
「……!?」

私はびっくりして、箒もないのに一瞬宙に浮いた。

「き、きょ、教授、何してるんですか」

バクバクと脈打つ心臓を押さえながら聞くが、彼は何も答えない。ただ斜め後ろから数歩、私に近付く。

しかし驚いた。
私は彼のことが好きだからいいけれど、一般の生徒がこんな経験をしたら一生モノのトラウマになるくらいには怖い。何しろこの教授は、黒い。そして暗い。

「傷はもういいのか」
「あ、ええ。元から大した怪我じゃないんです」

ロングホーンの一件があってから、私はなんとなく気まずくて、彼に付き纏うことをやめていた。意外と律儀な彼が私に礼を言うタイミングを計っているのは知っていたが、礼と言う名の説教をされるのは目に見えていたので、逃げ回っていたのだ。

「まったく……あんな無茶をして。お前のような生徒に借りを作るくらいなら、自分の腕がもげた方が何倍かましだ」

ほら出た、皮肉だ。心配したのなら心配した、迷惑だったのなら迷惑だったと、ハッキリ言えばいいのに。

「お言葉ですが教授、そういうことは実際に腕がもげた後に言ってほしいですね」
「お前は我輩の腕がもげた方がいいと言うのか」
「だから、問題なのは腕じゃなくて……!」

まんまと下らないことでムキになった私は、一歩踏み出して詰め寄るが、近くに数人の生徒の気配を感じ言葉を止めた。

いくら浮いた噂からは程遠いと学園中から思われているスネイプ教授とはいえ、このシチュエーションを見られたら密会と誤解されかねない。まあ私からしたら誤解でもないのだけれど、そんなのはしょせん一方通行の事情だ。彼に迷惑をかける訳にはいかない。

私が身を隠そうかこの場を去ろうかとうろたえていると、教授が胸元から杖を取り出し、小さく何かを唱えた。
透明なマントのような物が空中に現れ、廊下からの視界を遮るように二人の外側に垂れる。

「教授」
「……あらぬ誤解をされると困る」

それならこの場から退散すればいいだけなのに、こんな素敵な魔法を使ってまでそうしない彼に驚いた。
これは正に、両者とも認める密会だ。急に場の密度が高まった気がして、おさまっていた鼓動が再び速まる。

「どうでもいいが、肌を出し過ぎじゃないか」
「そうですね、ここだと少し寒いです」

彼は呆れたように首を振る。

「お前の感想が問題なんじゃない。周りの感想が問題なんだ」

優しいような優しくないようなことを呟きながら、彼は黒い袖口からするすると魔法のように(実際何かの魔法なのかもしれない)薄い色のショールを出した。ふわりとそれを私の肩へかける。

「く、くださるんですか?」
「いや……」

教授は布の合わせを整えるように少し引っ張り、珍しく私の目を見ながら言った。

「ちゃんと返しに来なさい」
「……は……はい」

初めてした彼との約束は、私にしてみればとても甘いもので。
垂れ下がるマントに向かい「フィニート」と唱えようとした彼の右手を引き止める。
私はそのまま背伸びをし、触れるだけのキスをした。たまには、ヒールを履いてみるものだ。ちゃんとあなたに届く。

「では教授、また明日」

てろてろとしたマントをめくり廊下へと駆け出す。ショールのおかげか何のおかげか、私は全然寒くなかった。

角を曲がる時なんとなしに後ろを振り向くと、バルコニーには未だ向こう側の景色が透けているだけだった。彼が魔法を解かないのは、僅かでも動揺しているからだろうか。そうだといい。



キスですべてをフラットに

2010.12.29



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