僕の立つ場所




彼女は聡明だった。
聡明で意志が強く、それでいて柔軟な心を持ち合わせている。

似ていた。
外見ではなく、根本的な部分が似通っていた。
自分がその昔遠ざけた、想い人に。

彼女を距離として遠ざけることは立場上不可能だ。それに十代の大半の者がそうであるように、彼女もまた怖いもの知らずの行動力を持ち合わせている。
ならばせめて心の間合いだけでもと、軽くあしらっていた──つもりだったというのに。

胸がざわつく。らしくないと首を振ってみたが、雑音は消えてくれない。そもそも自分にとって彼女は一生徒であり、性別をもってして見ること自体が我がホグワーツへの冒涜であり……そんなことを考えていると、遠くでガシャンとガラスが割れる音が聞こえた。
どうやら雑音は、階段下でざわつく生徒達から実際に発されていたものらしい。本当にどうかしている。

「何があった。騒がしい」

大きな絵画の前で右往左往している生徒の一人に問いかける。要領を得ない説明に苛立っていると、遠くから走ってきたマダム・ポンフリーに肩を掴まれた。

「大変ですスネイプ教授、東の渡り廊下にロングホーンの子供が!」
「ロングホーン?」
「魔法生物学の授業で扱う予定だったようです。逃げ出して、生徒達を」
「避難は」
「促しています。しかし移動途中だったレイブンクローの下級生と、」

そこまで聞いたところで嫌な予感がし、それはすぐに的中した。

「監督生の女生徒が一人」

既にその言葉は遥か後方から聞こえた。
忌ま忌ましい階段達を杖の一振りで固定し、東へと走る。





そこは想像以上に酷い有様だった。

口輪をされたドラゴンが炎を吐くことはない。しかしその怒りと混乱から、縦横に暴れ回り建物を破壊していた。渡り廊下は崩れかけている。中程には混乱した下級生達を誘導する彼女の姿があった。
その後ろに、ホーンテールの影が迫る。

「セクタム・センプラ!」

咄嗟に杖を振り、ホーンテールを彼女の身から遠ざけた。ドラゴンの悲鳴が響き渡り、彼女は驚いたように顔を上げる。

「教授……!」

信じられない、という風にこちらを見つめてきた彼女の瞳から、熱い何かがダイレクトに流れ込み、一瞬時の流れが止まったような錯覚に囚われる。
──ああ、やめてくれ。

次の瞬間、廊下の壁がガラガラと音を立て崩れ始めた。彼女は幾人かの下級生を押し込めるように建物の方へ避難させ、それでも間に合わなかった一人の腕を掴み、渡り廊下の付け根にすがりついた。

駆け寄り、二人まとめて引き上げる。しかし足場は最悪だ。グラグラと揺れる煉瓦の上、こぼれ落ちそうな少年達をなんとか支えるが、杖を持ち防衛する余裕などなかった。

「セブルス!」

遅れてやってきた校長の声に振り返ったのは、既に背後に鈍い衝撃音を聞いた後だった。

痛みはない。代わりに、ドラゴンの尾によって遠くの床に叩き付けられた名前の姿が見えた。

倒れ伏す彼女を揺すり起こし、そのぐったりとした様に血の気が引く。背後ではダンブルドアが何かの呪文を唱え、全てが迅速に収まっていくようだが、そんなことはもうどうでもよかった。





医務室のベッドに横たわる彼女の周りを、看護教諭や友人達がざわざわと取り巻いている。

部屋の入口からそれを眺めていると、すまなそうな顔をしたダンブルドアがすれ違い様に肩を叩いて出ていった。
その後ろに控えていたマダム・ポンフリーは、命に別状のあるものではないから明日には目を覚ますだろう、というようなことを励ますように言った。
安心したが、同時に心底暗い気持ちになった。


ようやく誰もいなくなった夜中の医務室で、彼女の脇に立ち考える。
あの一撃が自分に当たっていれば、支えていた下級生ごと廊下の下に落ちていただろう。彼女は監督生としての使命を遂げたのだ。
……いや、違う。そうじゃないだろう。

「……何故庇った」

生徒を守るのが、教師の役目だ。気に入らない生徒だろうとなんだろうと、逆に特別な生徒だろうと……いや、それこそ違う。

護りたい女を護ることは、男の願望なのだ。
瞼を閉じたままの名前の髪を軽く撫で、彼女が目を覚ました後のことを考える。

少しだけ目眩がした。



少女は目を伏せ
教師は顔を伏せる


2010.12.28


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