「エバネスコ」
私のラブレターは彼の一言でちりちりに塵と化した。
この人の体には、血じゃなくてヤモリの煮汁かなにかが通っているに違いない。
「……お見事ですね」
「教師になってから頓に、消去術は得意になった」
「あら、よく貰うんですか?」
悔し紛れにそう問えば、彼はただでさえ深い眉間のシワをさらに寄せ、心底嫌そうな顔をした。
授業を行うごとに大量に生産される出来損ないの薬品を、彼がエバネスコし回っていることを私は知っている。そして女生徒どころか、フィルチの飼っている猫でさえ日頃彼には近寄らないということも。
でも、私は好きだ。
高圧的な歩き方も、低く粘るような声色も、サイズを計り損ねたようなその服も、全部。
「用が済んだなら帰りなさい」
「済んだ?どの口が言うんでしょうね」
「……減点されたいのかね?君の友人は気の毒だ」
「教授、仕事とプライベートの使い分けが出来ない人はいつか破綻しますよ」
「君は我輩にとってどこまでも仕事であり、指導すべき子供だ」
精一杯の皮肉を全くの正論で返され、私は一瞬口を噤む。
しかしこれくらいでたじろぐようでは、蛇を相手に恋愛はできない。
「……では先程煎れてさしあげた紅茶に、惚れ薬を垂らしたと言ったら?」
教授はちらりと机上のカップに目を落とし、沈黙した。
もちろん嘘である。嘘ではあるが、この場合真偽などどうでもいいのだ。
「私、魔法薬学は得意なんですよ」
「教師がいいからかな?」
「……余裕なんですね」
挑発をすり抜ける彼の言葉に張っていた眉を下げると、フッと馬鹿にしたように微笑まれ頭がくらくらとする。暖かいとはいえない部屋の中、ローブの下の体がドキドキと熱を持った。
やはり私の太刀打ち出来る相手ではないようだ。少なくとも、今は。
そう悟り、ため息を吐く。
「惚れ薬が入っていたのは私のカップのようです」
「君にそんなものが必要かね」
「……教授は意地悪です」
「心配ない。君のには解毒剤を仕込んでおいた。もうすぐ効く。そうしたら出て行きなさい」
こちらを見もせずに酷い冗談を言いながら、彼は扉に杖を向け、軽く回した。
ガチャリとドアノブが下りひとりでに扉が開く。
「あんまりだわ」
乙女心を汲むつもりなどは全くないといった態度にさすがに頭にきて、私は勢いよくローブを翻した。
青いマフラーがくるりと回り肩に乗る。
捨て台詞よろしく言い放った言葉は、奇しくも彼の得意文句であり。
「スネイプ教授、10点減点です」
その言葉と裏腹に、私の心はますます燃え上がるのだ。
2010.12.22