正しい当て馬のススメ


月曜日。

今日も隣の女がシンちゃんシンちゃんとうるさい。
今日もシンちゃんは格好よかった。さすが私のシンちゃん。シンちゃん素敵。シンちゃんシンちゃん。

「…うるっせぇなシンシンシンシン!だいたいお前ぇのじゃねぇだろうが」
「うるさいなぁ晋助は。ああ、彼のあの素敵な黒髪、控えめな眼差し、地味な立ち姿、顔の一部のような眼鏡を思い出すだけで、胸が苦しいわ」
「……」

こいつはこの高校に入学してからずっと、志村新八とかいうクラスメイトの眼鏡に夢中だ。

「あー新ちゃん…好きだなぁ…」
「……」
「付き合いたいなぁ、新ちゃんと」
「…っ紛らわしいんだよ!俺だってシンちゃんだからな!頬染めながら気色悪ぃこと言うな!」
「えー、晋助のシンは新八くんのシンと響きが違うよ。いくらか下品だよ」
「…下品とか言うな」

全くこいつには高尚な感性ってのが備わってねえぜ。



火曜日。

俺が下駄箱に入ってた手紙を読みもせずに他の男の所に投函してると、いけすかねー担任の坂田がニヤニヤと話しかけてきた。

「もったいねーな、読まねえの?」
「それどころじゃねェんだよ俺は」
「だからって他の奴んトコ入れるって、最低だなお前」
「いいんだよ。そっから何か芽生えるかもしんねーだろ」
「テキトーなこと言ってんなぁ…。ま、お前は名前のこと大好きだもんな」
「……」
「見てりゃわかるっての。名前は新八に夢中みたいだけど。ありゃ正に恋は盲目って奴だな。名前には新八がイケメン眼鏡男子に見えてんだよ。漫画の中のヒーローみたいに見えてんの。諦めるのが懸命だと思うぜ」

坂田は人生の先輩面でそんなことを言ってきたが、はぁ、まったくわかってねぇよ。

「坂田、おまえいちご100%読んだことねーのか?」
「…は?」
「読者の誰もがなァ、最終的には東条とくっつくと思ってた。…だがな、真中は西野を選んだんだよ!」
「……………だから?」
「当て馬ナメんな」


…とは言ったものの、坂田の言うことが少し引っかかった俺はその日の夜、志村と眼鏡について考えてみた。
イケメン眼鏡男子?あの地味男が?ハッ、ねぇな。……でも待てよ?東条だって眼鏡を取ったら美少女だったじゃねぇか。

俺は夜な夜な一人で、修学旅行の集合写真に写る志村の顔の眼鏡の部分に修正液を塗ってみた。
……ただの白い眼鏡をかけた志村になった。



水曜日。

一晩悩んだ末、俺は昔300円ショップで買った黒ぶちの伊達眼鏡をかけて登校してみた。

HR中の教室にガラリと入り、また遅刻か、と言いかけて言葉を止めた坂田を無視し、ちらりと名前の方を向く。

どうだ、お前ェの好きな眼鏡男子だぜ?しかも俺は素材が良いときた。これでトキメかない眼鏡フェチはいねえはずだ。トキメけ、お前のメモリアル!

「晋助、悲劇的に似合わないね、眼鏡」

俺は眼鏡を叩き割った。
ついでに志村のも。

「ちょ、何するんですかァァァ!!!」



木曜日。

昨日志村の眼鏡を叩き割ったせいで、名前が口を聞いてくれない。
畜生覚えてろよ志村。

とか思ってたら志村の双子の姉貴がこっちに近寄ってきた。
俺は機嫌が悪かったので「んだよ」と睨みつければ「新ちゃんにおかしな言い掛かり付けたんですって?」とかなんとか絡んできたのでうっせーよ、と吐き捨て背を向けた。
瞬間目の前が真っ暗になった。

遠退く意識の端に「今のは新ちゃんの分」と志村姉の声が響く。

「そしてこれは新ちゃんの眼鏡の分よ!!」

あ、俺死んだな。



金曜日。

昨日殴られた(もしくは蹴られた。覚えてない)痛みが引かないため学校を休んでベッドで寝ていた。

なんなんだあの女の強さは、チート過ぎだろ。俺は一応学校で一二を争う喧嘩の強さ誇ってんだよ。ゲームバランス崩すなよ。インフレもいいところだぜ。

部屋でぶつぶつ言ってるとピンポーンと呼び鈴が鳴った。ぶつぶつ言ってる間にもう夕方か。誰だよ畜生。

「やぁ、生きてる?晋助」
「……なんとか」

やって来たのは名前だった。

「プリントと冷凍みかん持ってきたよ」
「小学生かよ」
「あはは冗談」
「……もう怒ってねぇのか」
「うん、妙ちゃんが制裁加えたみたいだしね。新ちゃんもスペアの眼鏡してきてたし、それはそれでいつもと一味違う新ちゃん見れてラッキー、とか思っちゃったよ」
「……よかったな」

クソ、俺は志村どころか志村のスペアの眼鏡にすら勝てねぇみたいだ。
俺の存在って何だ?眼鏡以下か?いやスペアの眼鏡以下か?コイツにとって俺は今買えばなんともう一品無料で差し上げます!とか謳われてるスペアの眼鏡にさえ及ばない存在なのかよ。そんなのもう恋愛以前じゃねぇか。俺、今度生まれ変わったらスペアの眼鏡になりたいんだけど…。

俺が自分の存在価値について真剣に悩み始めた頃、名前が呑気な声で言った。

「なんか元気ないみたいだからさ、明日二人でどっか遊びに行こうよ」

…俺、生まれ変わっても眼鏡にはならねぇ。



土曜日。

駅で待ち合わせして、くだらない映画を観て、サーティワンでアイスを食べ、IKEAをうろちょろと冷やかし、安いイタメシ屋に入った。
デートだ。これはまごうことなき高校生のデートだ。

「よかった、なんか気ぃ晴れたみたいだね」
「あ?あァ。昨日そんなに元気なかったか?俺」
「うん、昨日の晋助は眉間から黒いオーラが出てたよ。小声で眼鏡、眼鏡、って言ってたし。落としてもいないのに」
「………」
「晋助の行動はいつもよくわかんないけどさ、何か晋助なりに意味があってやってるんでしょ?」

…犬か俺は。

「言葉で言ってくれれば私だってむやみに怒ったりしないんだから、何か言いたい時は言ってよ。長い付き合いじゃん」
「俺、お前のこと好きなんだけど」



日曜日。

言いたいことを言えというから、言ったら名前は動かなくなった。
動いたと思ったら即行で家に帰りやがった。…まぁそうだよな、いきなりだったもんな、いきなり、何言ってんだよ俺、ああ死にてェ…。

ベッドで150回くらい寝返りを打って、その分だけ死にたいと心の中で呟いていると、枕元で着信が鳴った。
俺はぐったりしたまま通話ボタンを押す。

「…ハイ」
「あ、あのさ」

名前だ。
横たわったままカッと目を見開く。

「晋助、私今日妙ちゃんと遊んだんだけどさ、妙ちゃんが話題の中で新ちゃん新ちゃん言うたび、ドキドキして仕方ないんだよ…」
「……よかったな」
「ちがくて!…晋助もシンちゃんだよな、とか思って」
「…何を今更」
「私、これから新八くんのこと新ちゃんって言えないなぁ」
「………」
「それだけ。昨日逃げてごめんね」

名前はそう言って電話を切った。
俺はしばらく考える。
名前の言ってきた言葉はえらい漠然としてたし、いまいち要領を得なかったが、俺は何故かとても浮かれた気分になっていた。

来週がくるのが待ち遠しい。
今週にも増してせわしない日々になるであろう一週間に向けて、睡眠をとろうとしたが上手く寝付けなかったので坂田にイタ電でもしようと思う。






『くぁー、こんな時間になんだよ』
「くくっ、当て馬ナメんなよ!」
『それもう聞いたって』


2010.9.17



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