盗んでしまおうか。そう思った。
「君は欲しいものがあったらどうする?」
大豪邸の裏庭に面した大きな窓。彼女はカーテンの中に身を隠し、どこからか来る素性の知れない男と話をするのが唯一の楽しみのようだった。華美な窓枠の装飾に足をかけ、そう尋ねる。
「買う? 奪う? それとも諦める?」
ここから見える景色を壁の絵画程度にしか思っていない彼女は、困ったように眉をひそめ唇を震わせる。とても愛らしいと思った。
「私は、何かを欲したことなんて……」
必要な物はなんでも与えられたのだろう。何かを望む隙もないくらいに。生まれつき首輪をされた飼い犬は、その息苦しさに気付かない。
「自由は欲しくないか?」
眺めているだけのこの風景に、飛び込むことだって出来るのだ。どちらかがその気になれば。そこには素晴らしく綺麗なものと素晴らしく汚いものが溢れている。俺はその両方を彼女に見せてやりたかった。
「わからない。ただ、あなたのことは欲しいと思う」
「……驚いた。結構大胆なんだな」
「こんな風に感じたのは初めてで、頭も体も自分の物じゃないみたい。私、あなたに会ってから何かを手にいれるどころか、自分を失ってばかり」
温室育ちのお嬢様は困ったことに、男を挑発する術に長けていた。彼女の細い首筋に触れる。
「何かを欲するというのは、胸が高なるだろう」
柔らかく薄い皮膚の下で頸動脈がとくとくと脈打っている。その早さが愛おしい。顔を寄せると、待ったと言うように口元に手を置かれる。
「でもこの気持ちが、外の世界に対するものなのか、あなた一人に対するものなのか、解らなくて」
「……」
「だって私、あなたしか知らないんだもの」
随分と傷付くことを言ってくれる。
「じゃあその目で確かめてみるといい。最初に引いたクジが結局一番の当たりだったって」
「クロロは自信家ね」
微笑み目を閉じた彼女にキスをして、俺はもう自分の性に逆らえないと思った。
「攫って」
「盗むのさ」
2012.3.9