本当のことしか話さないよ



「なんで……」

 なんで私と寝るの? 尋ねると、クロロは一度私の顔を見てからすぐに元の姿勢に戻った。彼に抱かれたのは初めてじゃないし、いつもスマートにことを運んでくれるから心地好く流されていたけれど、そろそろ聞いちゃいけない立場でもなくなってきたと思うので聞いてみた。深い策略はない。まるで何も期待していなかったかと言えば、嘘になるが。

「女は理由を欲しがるな。お前は食事をするのに理由がいるか?」
「……そういうこと、思ってても言っちゃ駄目だと思う」

 予想より少し酷い物言いにため息をつくが、彼は聞こえていないような顔で紅茶を飲んだ。ソーサーと離ればなれにしてしまった華奢な取っ手のティーカップをベッドの中にまで持ち込み、背を起こして本を読んでいる。優雅なものだ。私の多くはないが少なくもない男性経験と照らしても、事後に読書をする男はこいつが初めてだった。
 拗ねるように伏せていた枕から、ちらりと彼を見上げる。静かに活字を追っているだろうと思った瞳は、意外にもこちらに向けられていて驚く。彼は夜の空気を和ますようにふっと笑った。なんだその笑顔は。

「傷付いた?」
「……別に」

 傷付いたわけじゃない。面白くなかっただけだ。同じだろうか?私は少し違うと思う。

「ただ面白くはない」
「面白いな、お前は」
「だから私は面白くないんだってば」
「そうか。俺は面白い」

 羽織っただけのシャツも巻かれていない包帯も、部屋の中に当たり前すぎるシルエットを作り出していて違和感があった。彼の纏う属性や役柄がはがれ落ち、生身に近づいていけばいくほど、私はますます彼という人間を掴めなくなる。癖のない、それでいて普通とは言えないクロロの目も鼻も口も体も、私の今までの経験則を全てスクラップにするくらいには不可解だ。
 無防備に額に落ちるやわらかい前髪は、彼に付随する性格、年齢、主義主張など、さまざまなものを曖昧にさせている。布団の端からのぞく素足のかかとなどを見てしまうと、もう駄目だった。この男のことが何もわからなくなる。こんなのは反則だと思った。

「次誘われても、ノらないから」
「そんなこと言うなよ」
「体目当ての男に付き合い続けるのもね」
「体だけが目当てなら、もっと具合も形もいいのを探すさ」
「……」

 だから、いくら最もでも言わない方がいいこともあるんだってば。とりつく島もない言い様に、悲しいやら嬉しいやら解らなくなって再びぽすりと枕に顔を埋めた。

「面白くないか?」
「……なんか面白くなってきた」
「何より」

 彼はこれ以上ないくらい優しい手つきで私の頭を撫でる。私は結局何も損していないような気になって目を閉じた。馬鹿な女と思われているかもしれない。私は実際に、何も損をしていない馬鹿な女なのだろう。
 何より。何よりだ。


2012.4.14

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