追風
07
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彼女はよくわからないと言うけれど、俺からしたら彼女の方がよくわからない。
女の子というものはもっと異性に対ししたたかだし、そうあるべきだと思う。でないと男の俺がバカみたいだ。野望とか欲望とか、そういうものにまみれて生きる男子高校生はいつだって必死なのだ。
例えば今日だって、気合を入れいつもより早く朝練に赴いたはいいが、二限目あたりで急激に眠くなり、ダビデ像のようなポーズで意識を失っているところを隣の席の女子に携帯で撮られた。校内の女子の間でこの写真が回されると思うと少し辛い。
「岩ちゃん、岩ちゃーん」
眠い目を擦りながら二つ隣の教室に向かう。が、我が幼なじみは十分休みを有効活用しているようで、俺の声に反応する気配はなかった。窓際の席でツンツン頭が突っ伏しているのが見える。困ったなあと腕を組み教室の出口でぼんやりしていると、廊下側後列の席から立ち上がった名前ちゃんがこちらを振り返り、俺の存在に気付き、固まった。
わかりやすい彼女の反応は可愛らしくもあるが、まるで性犯罪者を見るようなその目つきに少しイラついて悪い虫が騒ぐ。
「あ、名前ちゃんでもいいや。次の時間、ちょっとその電子辞書貸してくんない?」
教室に足を踏み入れ二歩三歩と近付けば、彼女は少し身を引いて椅子の足をガタリと鳴らす。
「ダメ?」
あくまで他意のない笑顔で、ゆっくりと彼女の机に手を伸ばした。びくりと子犬のように震えた彼女は、赤いような青いような顔で首を二回横に振り、そのあと縦に勢いよく三回振った。吹き出しそうになるのをこらえ「どっち?」と顔を傾ける。名前ちゃんはそこで限界を迎えたのか、結局言葉を発さぬまま前のドアから出て行ってしまった。以前の反応と比べれば天と地である。俺はなんとなく勝った気になり、一人頷いた。
いつの間にか目を覚ました幼なじみが、氷のような視線をこちらに向けているのを感じる。
「岩ちゃん、電子辞書。電子辞書貸してよ」
「……お前」
「なに」
「部活外なんて好きに過ごしゃいいけど、大会エントリーに差し障るような行動は慎めよ」
「なんだよ岩ちゃんまで!人のこと犯罪者みたいに!幼なじみの信用はどこいっちゃったの?」
「コートの外でお前を信用した覚えはない」
「ひどい!けど褒め言葉にしか聞こえない!」
「前向きか」
冷静な岩ちゃんの言葉に、熱くなっていた胸の底がいくらか落ち着いた。そういえば昨夜は、名前ちゃんを大きな鍋蓋のようなもので押しつぶす夢を見た気がする。俺は何かおかしな方向に欲求不満なんだろうかと、自分の嗜好が心配になった。
「なんか名前ちゃん見てるとね、もぞもぞするっていうかイライラするっていうか」
「お前が女にイライラするなんて珍しいな。いつも気味悪いくらいヘラヘラしてるくせによ」
「そうだよねえ。あの子、なんか……飛雄ちゃんに似てない?」
「お前それ、いろんな意味で気持ち悪いぞ」
来月ぶっ潰す予定である後輩を思い浮かべ、ふつふつとした感情が再燃するのを感じる。彼がもし白鳥沢のウシワカのようなタイプだったとしたら、今とはまた違ったモチベーションになっていたのだと思う。要は、飛雄も名前も、頭を持って壁にぐりぐりと押し付けたくなるような衝動を刺激してくるということだ。同性なら屈服させたくなるし、異性なら征服したくなる。スポーツなら因縁だし、恋愛なら性癖だ。自分でどうにかできるものでもない。
「俺ってフェミニストだと思ってたんだけどな」
「犯罪だけは犯すなよ」
「大丈夫だよ!たぶん!」
名前ちゃんをどうにかするより、今は飛雄を潰すことが先決である。そのために力を蓄えてきた。自分の欲求が向かう先は、相変わらずどこまでもバレーが第一候補なのだと笑みが漏れる。「だから振られるんだよ」といつだか名前ちゃんに言われたことを思い出し、そうだよなあともう一度頷いた。
「ニヤニヤすんな気持ち悪い」
「ひど!」
2014.6.4