前線
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「おー、終わったか?」
「なに及川、また告られたの?」
中庭の石段でたむろする我らがバレー部の一員たちは、俺の顔を見るなりそう言った。俺はどう返そうか少し迷い、先ほどのことを思いだしながら座り込む。
「なんか、選手宣誓?」
「あん?」
「いや、エール交換かな」
弁当の包みをほどきながらそう返せば、一同は「わけがわからないがどうでもいい」という顔をして各々の昼食に戻った。この世代はこういうクールなところがある。もう少し突っ込んで聞いてくれてもいいと思う。
しかし突っ込まれても自分すらよくわからないのだから、それ以上絡むことはせずに卵焼きを口に入れた。岩ちゃんだけが少し気になっているようで、俺の顔をじっと見ていたが、俺が何も言いださないことを悟ると目線を外してくれた。そういうところ、好きだよ岩ちゃん。と思ったが意味なく叩かれそうだったので胸にしまう。
斜め前でハンバーグにチーズを入れるか入れないかの話をしているまっつんとマッキ―の会話を聞き流しながら、さっきまでいた東校舎の窓を見上げる。まさかあそこで、体育祭並みのエール交換がくるとは思わなかった。自惚れるわけではないが、呼び止められた時はほぼ百パーセント告白されるのだと思っていたため、最初は彼女の言葉が理解できなかった。落ち着いてみれば至極単純なことだ。彼女の恋人は競技場の白い線。はじめから俺に勝ち目などなかったということか。
「岩ちゃん。女の子ってよくわからないね」
「名字は女子ってよりなんか、うちの犬思い出す」
「そういうデリカシーのないこと言っちゃだめだよ」
俺はいつだか面と向かって犬呼ばわりした自分を棚に上げ、そう言った。
「影山と比較してたお前に言われたくねーよ」
「でもそういう子が女の子っぽい顔すると、なんかすごい可愛いよネ」
「それで虐めてたのかよ」
「人聞き悪いな」
いじめたい気持ちはあるが、あれでも我慢していたほうだ。なんせ彼女は女の子だ。泣かせたら可哀相だし、俺みたいな男が下手に傷つければ男性不信になってしまうかもしれない。
「名前ちゃん、夏の予選がんばるってさ」
「ああ、陸部だもんな」
「俺らも頑張んないとね」
「当然だろ」
「そういう話」
「? それ、全国行ったら付き合おうとかそういう?」
「いや、多分そういうことじゃないんだと思うよ」
おそらくその逆だ。彼女は部活に雑念を持ち込みたくなかったから区切りをつけただけだ。その気持ちはわかるが、あまりの不器用さに笑えてくる。
「やっぱりいじめすぎたかなー」
「よくわかんねえけど、たぶんそうだろ」
部活だけしていられればどんなに気楽かと思うけれど、俺たちは高校生なので一応のところ、授業も日常もある。そんな中、男女入り乱れて生活しているんだからなんやかんやと起こってくるのは当然だ。バレー部だって彼女がいるやつはいるし、気分転換が結果として能力向上に繋がることも高校に入って理解した。
しかし俺たちの体は一つしかない上に、頭の造りだってそんなに複雑ではない。片手間以外の恋愛をするなんて無理な話だ。少なくとも俺にはそうだ。だから振られるし、しょうがないとも思う。俺を崇める従順な女の子たちでさえそうなのだから、大人でも器用でもない名前とどうなっていくかは未知数だ。彼女に手を出して得をするのは、おそらく俺だけだと思う。それも瞬間的な征服欲を満たすだけの無責任な満足である。
「女の子だって、甘くて柔らかいだけじゃなくて自我があって意思があるんだから、流れでなんとなく付き合ったりしたら可哀想だよね」
「お前、今さら気付いたんだったらわりと遅いぞ。ちゃら男」
「そうかあ」
いつだって女の子は、突然怒ったかと思えばそのままどこかへ消えてしまうので、去る者を追うほどの暇がない俺は取り残されるばかりだ。でも逆に考えれば、ありのままをさらけ出す名前となら、もっと実質的な付き合いをしていけるのではないかと思う。子供みたいでいいから、素直な言葉で喧嘩して、励まして、ぺたぺたと触れ合いながら互いの形を確かめていくような関係に、なってみたいと今、なぜか強く思った。
しかしこれも瞬間的な欲求なのだろう。思いを持続させるには、俺の体は忙しすぎる。胸に燃える野心が、心身の機能を一本化させていく。アドレナリンが雑念を散らす。すぐそこに夏が迫っている。
2014.6.6