novel2


2017.07.20 Dear Toru Oikawa.
Wishing you all the best!





 七月半ばの炎天下だ。
 いくら東北といったって日中の暑さが苛烈であることに変わりはない。俺はひたいの汗をぬぐいながらスーパーの袋を握りしめた。中のドライアイスがほんのりと脛に冷気を送っている。自分の誕生日ケーキを自分でとりにいくのはなんだか恥ずかしかったけれど、こんなにでっかくなってもケーキに文字を入れてお祝いしてくれる家族は優しいと思う。そういえばチョコのプレートをめぐってあいつとよく喧嘩したっけな、なんてことを思い出してしまい、首を振った。今年は猛にやろう。俺ももうガキじゃないのだ。

「徹」

 タイミングよく背後からかけられた声が、誰のものかはわかったけれど俺は振り向かず、足も止めなかった。ぱたぱたというサンダルの音がついてくる。一定の距離をたもち、田舎の道を十数分。右に曲がっても左に曲がっても、その音はやまなかった。

「なに」

 次の駐車場を曲がれば家に着く、というところで俺は立ち止まりそう聞いた。サンダルはやはりぱたぱたと近づいて、横に並ぶ。

「避けないでよ」
「避けるよ」
「今までどおりでいいじゃん」

 夏がくる前に別れたため、彼女の軽装を見るのは今年初だ。相変わらず細い腕。けれどもうガキじゃない。だから色気付いて告白なんかしてしまったし、案の定ダメになりおかしなことになってしまっている。

「元カノとは普通仲良くしないものなの」
「普通ってなに? 私たちは私たちでしょ」
「……そうだね。じゃあ言わせてもらうけど、俺は今お前と喋りたくない」

 気まずいと思っているのは俺だけみたいで、無性に悔しかった。彼女はすこし黙ったあと、再び歩きだそうとしたため、袋を持っていない方の手で引き留める。何度も言うがガキじゃない。とても一緒にお誕生日会をやる気にはなれない。

「なんなの。俺と一緒にいたくないから別れたんじゃないの」
「だって付き合ってからの徹……」

 振り向いた彼女は眩しいのか、地面ばかり見ている。つかんだ腕はもちもちと湿っていておいしそうだ。ケーキもいいけれど、かき氷に白玉を入れたものが無性に食べたくなる。

「なんか気持ち悪かった」

 そんな呑気な思考を吹っとばすように彼女は言い放った。言っていいことと悪いことの区別がつかないのだろうかこの女は。率直なダメ出しにショックを受けた俺は、ボディーブローをくらったように息がつまりなにも言えなくなる。黙りこむ俺を見て、さすがに悪いと思ったのか彼女はまごまごと視線を泳がせた。けれどもう遅い。やっぱりこんな女とは別れてよかったのだ。

「気持ち悪いっていうか、なんか怖かったの。徹なのに、男みたいな態度とるから」
「お前……もういいから、それ以上俺の傷を抉らないでくれない」
「……傷ついてたの?」
「なんで傷つかないと思うの?」

 わざとかそうでないのか知らないが、腹が立つことばかりを言う彼女と別れるはめになったのは、こうやって口喧嘩が増えたからだ。昔ならすぐに忘れたわだかまりを、翌日まで持ち越すようになり、楽しい時間が減って、付き合う理由がわからなくなった。

「別れた次の日、女の子と歩いてたから」
「あ、歩くくらい……」
「嬉しそうだった」

 いつだろうか。どの子だろうか。記憶にすらない瞬間のことを今さら責められたって謝りようがないが、きっと記憶にすらないようなところを責められているのだと思う。けれど、女子に話しかけられたときに顔面に笑顔をはりつけてしまうのはもはや癖なのだ。悲しい癖だと思う。でもなんて言われようと俺はあのとき傷ついていたし、笑っていたというならそれは心にもない笑顔だ。

「笑ってたかもしれないけど、べつに嬉しくはなかったよ」
「……」
「本当にキツかったから。あのとき」

 はやく家に帰らないとケーキが傷んでしまう。そう思っても今さら切り上げることはできず、俺も下を向いてため息をついた。彼女のサンダルと、俺のクロックス。色合いばかり楽しげで気が滅入る。

「ていうか、怖いってなに。気持ち悪いって」
「……なんか、目が」
「目」
「ぎらぎらしてて」
「……」

 やっぱり聞かなきゃよかった。オブラートに包むことを知らない彼女はさっきから俺の心をめった刺ししてくる。俺は近しい人にほど、本当は優しくしてもらいたいタイプなのだ。けれど俺の身近な人間はだいたい俺に厳しい。

「そりゃするよ! 俺がいつからお前のこと……」
「それが信じられない! 私のことなんて、近所に住む下僕ていどにしか思ってなかった」
「その下僕が女だってことに、気づいたんだよ。中学入ったころ」

 確かに、成長が早く小狡い子どもだった俺は、同い年の彼女をいいように使うことが多かったと思う。けれど最近は優しくしていたつもりだ。今までろくな態度をとらなかった分、付き合ってからは大事にしようと思ったのだ。

「私の言うこと疑うようになった」
「……心配だったから」
「怒ることが多くなった」
「心配、だったから」
「私のライン勝手に見た」
「それは俺も気持ち悪いと思う」

 けれどきっと、やり方が間違っていたのだろう。別れてみればそれがわかるし、わかるからこそ恥ずかしくてあわせる顔がない。そう思っていたのに、彼女はこうして俺の誕生日にきちんと容赦なくダメ出しをしに来る。考えてみればありがたいことである。

「暑い」
「……暑いね」

 空が青い。頭のてっぺんから降る太陽の熱が、彼女のまわりを陽炎のように歪めている。こめかみに汗がつたっていくのを感じ、今まで過ごしたたくさんの夏が胸によぎった。十年前の七月はこんなに暑かっただろうか。やっぱり地球は終わりに向かっているのかもしれない。

「付き合うの嫌なら、今までどおりでいいからそばにいて」
「……それ、最初に私がした提案」

 ビニール袋を揺らすと、目の前の膝小僧にぱしりとあたった。「つめたい」と彼女が言う。

「そうだったね」
「そうだよ」
「でもいつかお前に、また告白すると思う。いい?」
「……わかった。そのときはそのときで、また考えてみる」
「よろしく」

 ひと段落ついたことだし、もうケーキも限界だ。早く家に帰って冷たい麦茶をながしこみたい。

「来る? 姉貴たちも帰ってきてる」
「行く」

 猛には悪いが、やっぱりチョコプレートは彼女にあげよう。昔から意地悪ばかりしてきたのだから、今日くらい俺なりに優しくしたいのだ。

2017.07.20 Happy birthday!

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