novel2



 


 ぬるま湯にひたるような暑さと、むれた畳の匂い。
 浅い眠りの中で感じていた夏の空気が、わずかに濃くなった気がして目を開けた。視界に映るのは畳の目と、それを象る黒いふち、白く光る窓、の下の、二つの影。
 俺はぼんやりと奴らの影を眺めながら、顎の汗を手首でぬぐった。及川の部屋には最新式の冷房があるのに、それを動かせる時間は限られている。子どもが昼間っから冷房のきいた部屋でだらだらするものじゃないという親の方針らしいが、こうまで暑いと逆効果だ。中学二年にもなった俺たちは炎天下で蝉を捕るほど無邪気じゃなく、久しぶりの部活休みだというのにこうして幼なじみの部屋に集まって死んだように横たわっていた。この暑さでうたた寝をできる自分もどうかと思うが、他の二人も夏バテまっただ中らしく、畳に手足を投げ出している。麦茶の入ったガラスボトルが大量の汗をかいてテーブルを濡らしていた。のどかわいた。そう思っても起き上がる気力がでない。汗の染みたTシャツを脱ぎ捨ててしまいたかったが、隣に寝ているのが一応女という生き物らしいと最近気がついたので、やめておく。
 どこか投げやりに聞こえる蝉の声に気分はますます怠くなり、諦めて目を閉じた。





 匂いがまた濃くなった。
 再び目を開けたときには午後の日差しはだいぶ傾き、暑さも少しましになっていた。こもる夏臭さは自分たちの汗なのだと気付く。大の字の体を窓の方へ向け、あちい、と唸ろうとしたけれど、奥で寝ている及川が名前と何か話しているのが目に入りなんとなく言葉を止めた。へたる名前の下着みたいに薄っぺらい服の上に手を乗せて、及川が何かを囁きかけている。俺に聞かれたら困ることかよ、と思いながらしばらく耳をそばだてるが、吐息以外の音を感じ取ることが出来ず、そこでやっと彼がなんの声も発していないことに気付いた。及川は名前の耳元に頬を寄せながら、ただ少しだけ、息を乱していた。目を閉じてふやけたように口を開けている名前は、まだ深く眠っているようだ。俺はなぜか慌てて目を閉じて、寝た振りをしながらその光景を見ているしかなかった。
 服に触れていた及川の指がだんだんと移動して名前のむき出しの肩を撫でていく。起こさないように、柔らかく、静かに、人差し指が二の腕をつたう。なんだか見ているこっちがくすぐったくなって体がむずむずした。うっすらと目を細めている及川の表情はとても穏やかだ。いつものガキっぽい奴と違い、いっちょまえに人を慈しむような顔をしている。わけのわからない嫉妬心が、急に俺をおそった。及川の手が名前の汗ばんだ首筋から胸元へ滑ったところで、我慢できなくなり声をかける。

「……おい」
「あ、おはよ岩ちゃん」
「……じゃねーよ。なにしてんだよ」
「岩ちゃんも触る?」

 ア?と思わず低い声が出たが、きっぱりと否定することができなかった。腕をそろえ横向きに寝ている名前の鎖骨の下には、俺の知らない膨らみがいつのまにかできあがっている。足も腕も細いままなのに、隠れた部分が以前と違っていることは服の上からでもわかった。

「名前、意外とあんの。ナマイキ」
「……」

 いともかんたんに肩の紐をずらした及川の無遠慮さに引きながら、あらわれた部分を見つめる。水色の下着に包まれた膨らみは、肩や首より一段白く、見るからに柔らかそうだった。ごくりと唾がなりそうになったが、喉はからからに乾いていた。

「おい、やめろ」
「こんなバカな格好してんのが悪いよ」
「いつもそんなんだろが」
「いつもって、中学入って雑魚寝なんてしてないじゃん」

 二年の差がなんだというのか。体つきが多少変わろうと名前は名前だ。制服を着ようが、妙にさらさら髪を伸ばそうが、それをどうと思ったこともない。小さくなったな、とは思ったが自分が大きくなっただけだった。

「こいつ彼氏とかいるのかな」

 及川が抑揚なく呟いた言葉の意味がすぐに理解できず、まばたきをする。名前に彼氏?こいつが誰かの彼女?んなアホな。

「いねーだろ」
「なんでわかんの?」
「なんでって、まだ中学だし」
「俺は彼女いるよ」
「この前振られただろ」

 及川がいろんな女子に告白されて恋人ごっこをするように、こいつもそんなことをしてるんだろうか。やっぱり想像がつかない。けど、及川と付き合っている女子だって名前と大差ないような奴らばかりなんだから、こいつも裏では告っただのなんだの、及川から聞かされる下世話なのろけと同じようなことをしているのかもしれない。胸くそ悪い。

「ねえ触る?」
「……」

 下着のふちをつんつんと突ついている及川を睨みつけ、もう一度横になった。今度は名前のすぐ近く、汗の匂いまでわかるような距離に。畳に頬をつけ夏の暑さに沈んでいる名前は、俺とは違う匂いの汗をかいているようだった。甘いやつだ。
 手を伸ばし、及川の指を退けるとともに、そこへ触れる。予想したよりはるかに心許ない感触にぎょっとする。乱暴に押したら指がずぶりと沈んでしまいそうだ。及川が繊細になぞるように触れていた理由がわかったような気がした。無意識のうちに進めた指はいつの間にか下着の中へと入っていた。先ほどと同じように、下着の肩紐までもひょいと持ち上げた及川が、俺を追うように後ろから胸に触れる。
 名前を挟み込むよう三人並んで横になると、肩越しにふわふわと揺れる及川の髪が見え、聞き慣れない音が聞こえてきた。しばらくして、背中にキスをしているのだと気付く。頭に血が上り、気付いたときには名前の上にのしかかっていた。ただでさえ蒸し暑い室内で、体温を上げた男たちに囲まれて寝苦しくなったのか、名前がうう、とうめく。起きるなら起きるでかまわない。むしろ早く開き直ってしまいたくて、二の腕に軽く歯を立てた。

「……ん、あつい」
「我慢しろ」
「……ふたりとも、はなれて。暑いよ」
「しょうがないだろ」

 寝ぼけ眼で身をよじる名前の、濡れた髪の毛がなんとも言えずエロい。しばらくもぞついた彼女は目が慣れてようやく自分が肌を晒していることに気付いたのか、とっさに胸を隠そうとした。その手を後ろから及川が掴む。

「!?……ちょっと、や」
「名前、無防備すぎ。ちょっと見せて」
「見せてって、まって、んっ!」

 見せてと言いつつすでに胸を揉んでいる及川は、女の体に触ることにあまりためらいがないようだ。こいつは天性の傲慢さを持つ男だから、幼なじみの体なんて自分のもの、くらいに思っているのかもしれない。俺たちの中では憎らしいが一番経験豊富なことは確かだ。じゃれあいながら女子に手を出して、拒否されたことなんてないといつだか自慢げに話していた。

「とおる、ひゃっ、うそ」
「名前、したことある?」
「なにを?ないよ、やめてよ」

 くんずほぐれつしてるうちにはだけた腹をぺろりと撫で、及川は名前のショートパンツのボタンをはずす。こいつ、本当にやる気だ、まずいだろ、と思いつつ先に手を入れたのは俺の方だった。汗だかなんだかわからないけれどしっとりと濡れているそこをいじりながら、縮こまるように丸くなっている名前の首に顔を寄せる。

「あっ、いわ、いわちゃん、や……」
「お前が悪ィ」
「んうっ……そ、そうなの?」

 名前は涙目で俺を見上げ尋ねる。

「ちょっと、なんで俺が言っても怒ったのに岩ちゃんが言うとそんな素直なのさ!」
「だって、岩ちゃんはウソ言わないもん」
「俺だってウソ言わないよ!」

 なにやら腹を立てている及川を無視して、彼女の顔の両側に手をついた。汗が一粒、畳に落ちる。

「岩ちゃん、私が悪い?」
「ん。でも、俺らも悪いけど」
「……そっか。みんな悪いなら、しょうがないか」

 意外とあっさり観念した名前に向けて、もう一度深く頷いてみせる。張り付いたTシャツを脱ぎ捨て、いまだぶつぶつと文句を言いながら名前の胸を揉んでいる及川とともに、俺は彼女を食すことに決めた。
 誰の息だか誰の汗だかもわからないくらいに交じりあいながら、濃さを増す夏の匂いに、部屋の中は飽和しきっている。及川の慣れた手つきと俺のぎこちない触れ方じゃ名前の出す声が違うとわかったが、どちらの反応も可愛いと思った。なんとか繋がった頃には、及川が最初のように慈しみ深い目をこちらに向けていたため嫌になった。見んな、と目をふさぐと、俺の手の下で無邪気に笑いながら目をしぱしぱさせるため、指の間がくすぐったい。及川の肌は女みたいにキメが細かくて落ち着かない。こいつは俺が名前の初めてを奪ったことに対し、なんの嫉妬もないようだった。それどころか喘ぐ名前の手のひらに唇をつけながら、幸せそうな顔をしている。幼なじみの性癖がわからなくて少し困惑する。

「名前、痛くないか」
「いたい、けど、へーき……っ」
「すんなよ、俺ら以外と」
「ん、うんっ」

 なにが普通かなんてわからないけれど、これが普通じゃないことくらいみんなわかっていた。でも不思議と背徳感はない。俺たちにはこの形が何よりぴたりと嵌まる気がした。素肌は濡れているのに嘘みたいに熱く、どろどろにとけあってしまうのだから二人でも三人でも変わらない。引き抜いて脱力する俺の横で、「次は俺として」と及川が甘えた声を出すのが聞こえた。その前に、彼女に麦茶を飲ませてやらなきゃと思う。出して、入れて。大量の水分が、部屋の中をむしむしと巡っていた。



3P plan "Triangle"
2015.1.13

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