novel2





無敵に生きよ
20220417


 確率と可能性の話だ。
 懸命に探しているときには見つからず、どうでもよくなった後にひょっこりと出てきたりする。
 欲求から解き放たれた者にこそ見返りが与えられるなどと超自然的な主張をする者もいるが、単純な話だろう。探しものがこの世から消失する確率は低く、また人は探し続けるよりも諦める可能性が高いのだ。諦めたあとの時間は長く長く続いていく。ゆえに、それ、がこの世から完全に消えてなくならない限りいつかは──。
「やあ奇遇だね」
 こうして出会うこととなる。
「何してるの、こんなところで」
「生活だよ。忙しい私にも生活というものがある。コンビニで飲み物を買ってはいけないかい」
「いけないことはないけれど……」
 大仰な装束を身にまとい、髪を長く背中へ垂らした長身の男はえらく目立った。
「その見た目で買うなら、せめてトニックウォーターじゃなくて緑茶くらいにしておけば」
「職業差別だよ。お坊さんがスクーターに乗ってるの許せないタイプ?」
 眉を下げ首をすくめ、彼は記憶よりいくらか人相の悪い目でこちらを見る。お会計二百八十二円になります。店員の読み上げ通りにぴたりと小銭を置いた夏油傑は、黒い袈裟に白いビニール袋を携えて自動ドアの向こうへと去った。お会計五百六十四円になります。私もまた告げられた通りの小銭を置こうとするも、一円足りないことに気づき一万円札を取り出す。今日は厄日だ。
「唐揚げ弁当を買ったのに、からあげクンをレジで追加するのはどうかな」
「私がどれだけ鶏肉買おうがあなたに関係ないでしょう」
 そのまま立ち去ってくれれば、疲れてみた幻覚や白昼夢の類として処理できたというのに、彼はなぜだかゴミ箱の横で待っていたため私は現実を受け入れる他なかった。十年だ。彼が忽然と姿をくらませてから二桁の年月が経とうとしている。初めの二年は血眼になって探した。そのあとの三年ほどは淡い希望を常に抱いていた。それからのことは、自分でもよく覚えていない。気づけば今になり、私は唐揚げ弁当を豪華にするためにからあげクンを買い足す女になっていた。
「唐揚げそんなに好きだったっけ?」
「唐揚げの話はもうよくない?」
「じゃあ何の話をしよう? 確かに積もる話もあるだろう」
「積もる話なんて……」
 そんなものはない。積もったものはもうとっくに払いのけ捨ててしまった。私が下を向くと、夏油くんは危ないよ、と言いながら車道側に立ち信号機のボタンを押した。親切なところは不思議なほど変わらない。
「話がないなら、駅に着いたらお別れだね。私はタクシーで帰るから」
「そう」
「誰に知らせる? やっぱり悟?」
「知らせないよ。私術師やめたから」
「そうなんだ。まあ正直、とっくに死んでいると思ったから納得だよ。いつやめたの」
「五年」
「五年?」
「あなたが消えて、五年め」
「……そういうふうに数えているんだ」
 彼の失踪を基準にして、年を数える私をこの人は哀れに思っていることだろう。空洞のような年月だった。彼の思想に共感したことは一度もない。かといって命をかけるほどの覚悟も持てなくなり、私は普通の人間へ戻った。他人のために命をかけず、他人を強く憎むこともない、普通の人間へ。
「やめて正解だったよ。おかげで死なずに済んだ」
「だろうね。私もそう思うよ」
「命をかけずにお金をもらえるし、近しい人がすぐ横で死ぬこともない。おかげで十年、生き延びられた。ねえ、私の言ってる意味わかる?」
 歩道の端で、コンビニの袋を揺らしながら隣を見上げれば、彼は腕を組んだまま少しだけ目を細めた。
「死なずにこうしてあなたのトンチキな姿を見られたんだから、私の勝ちだよ」
「そういう考え方もできる、かな……?」
「高専の人間には言わない。もう関係ないから。でもね夏油くん、私はあなたをずっと探していたよ。会えてよかった」
「意外だな。てっきり怒っているのかと思った」
「怒ってたよ、さっきまでは」
 こうして再会するまで、私はずっと怒っていた。きっと会いたかったからだ。けれど会えてしまえばもうあまり、怒る理由がないのだと気づく。
「無理だろうけど、末長く元気で」
「君もね。私のことは……忘れなくていい」
「忘れてくれって言わない? 普通は」
「普通だったらこんなことしてないよ」
 それは確かにそうだ。おそらく信心深さのしの字もないくせに、こんな出で立ちで街を闊歩する呪詛師の男は普通ではない。おそらくもう一生会うことはないだろうが、私の心は勝手に晴れていた。手段と目的が、きっとずっと入れ替わっていたのだ。私はもう探さない。失くしものはこうしてみごとに無くなった。
「したたか、というのは君のようなことを言うのだろうね」
「そうでしょう。夏油くんも少しは見習ったほうがいいよ」
 いかんせん、この男は真面目すぎる。きっと長生きはしないだろう。
「善処するよ」
 彼はそう言って再びゆっくりと歩き出す。
 したいようにすればいい。十七歳の春ぶりに思い出したことだが、私たちは負けるまで無敵なのだ。


#juju版深夜の真剣夢書き60分一本勝負 投稿
お題『無敵に生きよ』

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