novel2


  


「彼女? いるけど」
 事実に則りそう告げると、悟は一文字に込められる圧力を軽く上回る容量で「は?」とだけ言い、黙った。低級呪霊なら、その瞬間に彼から放出されたエネルギーだけで軽く吹き飛んでいたことだろう。
「いるよ。彼女」
 語順を入れ替え復唱する。真横で大きく息を吸った友人は、込めきれなかったものを吐き出すように今度は長く語尾を伸ばす。
「はぁ〜?」
 これだから言いたくなかったのだ。表情でそう返したつもりだったが伝わらず、前のめりになる白髪をかわすように背もたれへ寄りかかる。その態度が尊大に見えたのか、彼の表情はさらに険しくなった。
「なんで?」
「質問の意図がわからない。その『なんで』は具体的にどこに掛かって──」
「なんでお前に彼女がいて、なんで俺がそれを知らないのかって聞いてんだよ!」
「友人だからって、なんでもかんでも言う義理はないだろう」
「そーくる? へえ、ふーん。なるほどね」
 少しも納得していないという様子で大きく頷きながら、悟はやはり黙った。野郎同士で恋愛事情を共有するなど私たちの柄じゃないと納得したのかもしれないし、納得したと見せかけて何かよからぬ画策をしているのかもしれなかった。どちらにせよこれ以上引っ張りたい話題でもなかったため、私は挟んでいた指で文庫本を開き直し、昼休憩を過ごす。
 目の前でぎらぎらと光り続ける六眼をかわし続けることはなかなかに難儀だったが、私は私で意地になっていたのだ。

『いえーい、見てる〜? 傑』
 その沈黙が後者であると知るまでに、そう時間はかからなかった。
 一行のみのふざけたメールに添付されていたのは、満面の笑みの送り主と、よく知る少女が並んでうつる写真であった。彼女は背がそう高くないため、画面へ向けてピースサインをする悟の横で窮屈そうに笑っている。
 私はそのまま携帯電話を握りつぶしそうになる衝動をなんとか抑え、すぐさま履歴からクソ友人の番号を探す。
『何してんの』
 今度はこちらが一言にすべての感情を込める番だった。切れそうになる頭の血管から直接声を捻り出すように問えば、彼は悪びれずに応答する。
『いやー、たまたま任務で近く通ってさ。傑の彼女、そういえば桜ヶ丘女子だったと思って』
『そういえばも何も、教えた覚えないが』
『そうだっけ?』
 大方、携帯電話の背面ディスプレイに映し出される文字列から地道に情報を収集したのだろう。メールの内容がそのままテロップされるため、注意深く見ていればそこまで難しいことではない。
 それにしてもやることがせこい。
『いいか悟。今すぐ、彼女から離れて、ここへ戻れ』
『別になんもする気ねえよ。お前が紹介してくれないから余計に会ってみたくなるんじゃん。それにしてもおとなしい子だね、緊張してんのかな』
 通話口の向こうから聞こえてくる「怖がんないでよなまえ、傑もよろしくってさ」という声に私の頭の血管は二本ほど切れたと思う。なぜすでに呼び捨てなのか。
「顔、怖いよ」
「……すまない。でも腹立つだろう」
「私はべつに」
 隣でなまえが笑っていなければ、本気で彼を校舎裏へでも呼び出して果たし合いをしていたところだ。
「それに、さすがのお友達も気付くと思うけど。覚えさせた語彙『はい』『いいえ』『でも』『大丈夫です』しかないんでしょう」
「あいつはどうせ一人で喋りまくるから、それくらいで充分」
「私、おかしな子だと思われてるだろうなあ」
 悪いが悟の行動などすべてお見通しだし、散らつかせたメールだってすべてフェイクだ。あいつが呪霊操術により擬態化したニセモノのなまえを追いかけ回していることはいい気味だが、それはそれとして行動自体には腹が立つ。
 悟を人として信頼していないわけではないが、男として信用しているかと聞かれれば微妙だ。限りなくノーに近いノーコメントとさせていただく他ない。この度の行動で、奇しくもそれは証明された。
「いつかちゃんと紹介してね」
「……考えておくよ」
 考えるだけで頭痛がするが、確かにずっとこのままというのも不義理である。
 いつかをいつにするかを考えながら、翌日、悟と顔を合わせれば開口一番に核心を突かれた。もとより彼ほどの術師を欺き通せるとは思っていない。
「お前の彼女、途中で溶けて下水道に消えたけど」
「悟、そのことだけどね」
「……呪霊に彼女役させるほど飢えてたとは、俺も気付かなかったわ。なんかごめんな」
 彼は気まずそうに言って頭を下げた。
 とりあえず、校舎裏にでも呼び出せばいいだろうか。彼のことはお見通しと言ったがそれは間違いだ。見通している以上にどうやらたちが悪い。
 腹立たしい同級生をこらしめるに値する呪霊を思い浮かべながら、私は申告書を書くために学長室へと向かった。


20210516 
#juju版深夜の真剣夢書き60分一本勝負 に投稿したもの。
(お題『ビーム』)

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