novel2


Auto Genom



 大きなものが寄り添う気配に、心臓がとくりと鳴る。
 寝ているあいだに彼がやって来ることは珍しくない。人のベッドに我が物顔で乗り上げては、抱き枕のように私の体をかかえこむのは彼の習慣のようなものだ。肩に添う手のひらの重さを感じながら、再び眠りへ身を投じようと息を吐く。
 連日の魔術リソース回収任務はここのところ激化して、しばらくは休む間もなかった。こうして早くに暇ができた日にゆっくり休んで体力を回復したい。背後で身を休める王様だってそう思っているはずだ。
 と、目を閉じかけた私が、確かな違和感を覚え首を傾げるのと、自室のドアが開くのとは同時だった。
「──疾く、寝台から離れよ」
 張り詰めたギルガメッシュ王の声がして、違和感はさらに増す。聞き慣れた王の声はずいぶんと高い場所から聞こえてきた。今入ってきたのが王様なのだとしたら、背後に横たわるこの人物は、誰なのか。
 混乱する頭をおそるおそる起こしてみると、顔よりも先に豊かな髪が目に入る。気付いてみれば異なる気配だ。規格外に重厚かつ、荘厳な魔力量こそ似通っているものの、古代ウルクの猛々しい英雄王とは違い、彼のオーラは碧を透かすその髪のように流麗である。
「これは回教の王、何用であるか?」
「我は回教祖ではない。貴様の時代と混同するな」
「ふむそうであったか。西亜細亜といえば朕の記憶では回教徒の楽園であった。まあ韓信のえげつない采配により九世紀には壊滅をしたが」
 私の背後で枕に肘をつきながら身を横たえるこの男は、発言の通り他時空の王である。いつの時代の英霊かと聞かれると難しい。なんせ彼は探究の末に不死を得て、およそ二千年ものあいだ皇帝としてその座に君臨していたのだ。
 しかしギルガメッシュ王はそのような荒唐無稽な世界に興味はないといった様子で、語気を強める。
「我の言葉が聞こえぬか? 二度は言わぬぞ」
 王様というものは、他者の寝床と自分のそれを区別する機能が備わっていないのだろうか。ギルガメッシュ王がそうするように、彼もまたごく自然に布団の中へと入ってきたためつい油断をした。まさかそんな人物が身近に二人もいるとは思わなかったのだ。
「なに、わがマスターの生態を知っておこうと朕自ら閨へ寄ったが……見れば随分、疲弊している様子」
「……」
「哀れと思い、添い寝をしてやっていただけのこと。そう囂々と息巻くでないぞ」
 英雄王の威嚇をさらりと躱し始皇帝は背を起こす。羽のような髪がふわりと空気を含み、あたりに不思議な香りが漂った。二人の王は真っ白い私室の内側で、各々の装束をまばゆく光らせている。この部屋はこんなに狭かっただろうか。
「いらぬ世話だ。そんなもの、直接魔力を送り込んでやれば済む」
「ほう、直接とな」
 そう言うと、ギルガメッシュ王はここへ来て初めて私の目を見た。その視線は睨めつけるよう移動して、未だ私の肩に添う優雅な腕へと止まる。
「相変わらず判断の遅い女だ。雑種、今の貴様に求められるは、我への釈明と命乞いだと思うが」
 この事態が芳しくないことは私だってわかっている。雄の化身であるこの王が、自らのものと定めた私の寝床に他の男が入り込むことを許すはずがない。けれどそうは言ったって、釈明をするような後ろ暗さなどないのだ。困り果てた私はただふるふると首を振った。
「ほう、言い訳の必要はないと申すか。潔白ゆえか……それとも愚かな居直りか」
 大股で歩み寄った王様が私の首を掴み上げる。浮遊する体の感覚に、遅れて鈍い痛みが走った。
「これこれ、あまり引っ張ると千切れてしまうぞ」
 私の腕を掴んだままの始皇帝は、マスターが千切れようとその手を離す予定はないとさらりと主張する。激昂してもよさそうなギルガメッシュ王が平静さをたもっているのは、安易に隙を見せないためだろう。負けず嫌いの王様は食えない相手にほど冷淡に振る舞うのだ。
「離せ。今の貴様に女の肌など必要あるまい」
「何ゆえそう思う? 朕は道教の探求により不死を得たが、禁欲まではしておらぬ」
「一度は肉体を手放した貴様に、人の欲が残っていると?」
「何を言うか、朕こそが人である。それにあの体躯はあの体躯でやりようがあるのだ。機械化を舐めるでないぞ」
 私を挟んで問答をする王たちに、私のために争わないでと軽口を叩くほどの勇気はない。そもそも、もはや彼らに私の姿は見えていない気すらした。王の対抗心の生贄とされた私は、このまま意地により体を裂かれてしまうのだろうか。そんな恐ろしい故事成語があった気がすると目を閉じ現実逃避をしていると、それまで鷹揚にふるまっていた始皇帝がわずかに口調を変える。
「確かに色欲は人を惑わす。こと色に狂う女などは見るに堪えぬ」
 女の体に触れながら、女に対する嫌悪感をにじませる皇帝に私の背筋はうっすらと冷えた。
「──だがそのような淫乱がおらねば、貴様も今ここにはおらぬだろうな。不義の子よ」
 そして相手の急所を逃さず突くのが、英雄の王と呼ばれるこの男の意地の悪さだ。
「確かに晴れやかな出自とは言えぬ……だが、其方の前で己の出自を哀れむことはできまい」
「何だと?」
「大層難儀な目的でこの世に生み出されたと聞く。親の目論見で子をデザインするなど考えるだにぞっとするが、神に人の倫理は通じぬらしい」
 互いの神経を撫であうような、冷ややかな挑発がだんだんと熱を持っていく。至近距離で感じるには濃すぎる二つの魔力密度が、私の回路をだくだくとつたい目眩がした。
「貴様が人の倫理を説くか」
「人が人を説かずしてどうする。半神の其方にはわからぬか」
「例え神の血が流れていようと、神々の目論見など知ったことではない。求むるところを成すのが人だ。人を見誤った貴様にわかることではなかろうがな」
 交わり合わない二人の言葉が、だんだんと遠のいて目がかすむ。そのわりに魔力ばかりが体の中で重複しぐるぐるとうずまいた。
「オイ、いい加減に手を離せ。これ以上の魔力を流せばこの女昏倒するぞ」
「ふむ」
 私の首根っこを掴んだままの自らを棚に上げ、ギルガメッシュ王は始皇帝をそういなす。
「マスターの生態に興味はあるが、疲れた身体に鞭を打つのも哀れか」
 彼は素直に寝台から離れると、碧い羽をもう一度ふるわせ伸びをした。この世のものと思えぬ美しさだが、まさにそれはこの世にはない理論で成り立つのだろう。朦朧とした視界に浮かぶ彼の姿はたしかに一つの理想形である。
「此度は退こう。些か供給をし過ぎたようだしな。だが其方の申した『直接』とは、おそらくこういうことではあるまい」
「……さてな」
「次はそちらを試したいものだ」

 スライド式のドアが閉まり、異様な密度が少し和らぐ。
 けれどまだ、決して気を抜ける状況ではない。
「さて」
 ギルガメッシュ王は再度そう呟いて、ようやく首から手を離した。そしてへなへなとベッドへうなだれる私に向けて、容赦なく厳しい声を降らす。
「命乞いの言葉は整ったか?」
「……わ、わたしにやましいところは何も!」
「我以外の男の気配に飛び起きぬ、その慢心が罪と申しておる!」
「慢心について王様にだけは言われたくないです!」
「慢心が許されるのは王だけだ!」
 堂々と暴論をとなえられては返すべき言葉も見つからないが、先ほどまでの張り詰めたような冷淡さが消え去っていることに安心した。纏うオーラも声のわりには柔らかい。
「口を開けろ。あの男の魔力と思えば心地が悪いが、そのままでは辛かろう。いくらか吸い出してやる」
 ひどい魔力酔いでどうにも思考が定まらない私は、おとなしく顎を上げ、口をわずかに開いた。温かな舌が入り込み、掬いとるように満ちすぎたエネルギーを吸い取られる。思わぬ心地良さに息を吐くと、彼の笑う気配がした。鼻で嘲笑うそれでなく、ベッドの中でたまに零す慈しむような吐息だ。理想とは言えない荒々しさと、それゆえの美しさがこの王にはある。カルデアには美しいものが多すぎるのだ。
 力を抜いて身を任せる。王様は背を丸め私の耳元にキスをすると、「鱗粉が残っておるな」と言って枕の端を手で払った。


2018.12.05
始皇帝pu前に書いたため少し矛盾点もあるかもです。
実装おめでとう!

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