fight!




「てんかいち……けんとうかい?」

 人々で賑わう街の壁の至るところに貼られていたポスターを見て悟空は首をかしげた。

「いわゆる武道大会ですね」
「へーっ、面白そー!」
「男の人ってこういうの好きよね」
「な〜〜んか、どっかで聞いたよーなネーミングだな」
「開催の日付、今日じゃねぇか」
「はーん。だからこんなに賑やかなのか」

 街の中には露店が並んでいるだけでなく、提灯や旗などで街全体が装飾されていた。

『さぁさぁ、もうすぐ始まる大イベント!!挑戦者はもういないか!?並みいる猛者を蹴散らして、天下一の栄誉と豪華商品をその手に!!』

 街を上げてのイベントのようで、街中に備え付けられたスピーカーから興奮気味の男の声が聞こえてくる。

「参加者募集してますよ。申し込みます?」
「冗談じゃねぇ、何の為にだ」
「皆強いんだから出てみたら良いじゃない」
「そんな面倒なことするか。出たいならお前が出ろ延朱」
「残念でした。女は無理なんだって」
「はいっ、はい!俺やってみたい!強いヤツがいっぱいいるんだろ!?」
「やめとけやめとけ。強いったって、どーせ町の力自慢程度だろ?大した事ねえって、」
「参加者の人たちよー!」
「きゃーー、素敵素敵!」

 黄色い声が背後からして、一行は振り返る。そこには見るからに毎日毎日身体を無駄に鍛錬して筋肉を身に付けたのだろう、というか――屈強そうな男達が胸を張って道の真ん中を歩いていた。

「いやーん、みんなカッコイイ〜〜」
「男はやっぱり筋肉よねえ」

 うっとりとした表情で見つめる女性たちに共感するように悟空は頷いた。

「わかるわかる!!」
「随分とマニアックな嗜好の町ですねぇ」
「肉々しくて見てられないんだけど……」

 一行があまりの筋肉に棒立ちしていると、街行く女性がクスクスと笑ってささやいている。

「ねえ、見てあそこ」
「いやだぁ、ガリガリの男ってなんであんなに頼りがいがないのかしらねえ」
「ホントホント」

 女性たちは冷笑しながら一行の横を通りすぎていった。わなわなと震え始めたのは悟浄。女性に小馬鹿にされたことが相当悔しかったらしい。上着を脱いで中指を立てると叫び声を上げた。

「ガリガリかどーか見てから言えってんだ、あぁ!!?」
「やめとけ、空しいだけだぞ」
「悟浄はそんなにガリガリじゃないでしょう。こーゆーのを、ガリガリと呼ぶのよ」

 隣にいる三蔵を横目に延朱が言った。だが、三蔵はそれを鼻であしらった。

「フン――お前の考えはお見通しだクソチワワ。大方そうやって大会に出場させようとでもしてんだろうが」
「……だって、面白いじゃない。あの筋肉ダルマたちを倒すのが、そこらへんにいるようなガリガリの優男だなんて展開」
「随分な言われようですねえ」
「あら、でも出場して勝つのは貴方たちの中の誰かだとは思うけど」
「ハッ、そんなこと言っても俺は絶対に出ねぇぞ、」
「チャンピオンだ」
「チャンピオンのお出ましだぞ!!」

 少し離れた場所からそんな声が聞こえたと思えば、すぐさま人だかりが出来てチャンピオンを取り囲んだ。
 紙ふぶきが舞い始め、街の人々からはまさかのチャンプコールが。
 ようやく一行の前に現れたチャンピオンの姿を見て絶句したのは言うまでもない。
 マッチョ大好きの悟空ですらどん引きするチャンピオンの格好は、真っ赤なマントに真っ赤なパンツ。そして頭に輝く王冠のみ。両隣には花を添えるようにしてバニーガールの美女が二人並んでいた。

「うっわー……パンいち……」
「こりゃひでぇな」
「よくまあ、あんな格好で街の中練り歩けるな……」
「延朱は見ちゃいけませんよ。死にます」
「ええ、うん。皆のリアクションで見ちゃいけないと思いました……」

 司会者がチャンピオン駆け寄ってマイクを向けた。

『当大会では既に二年連続優勝されていますが、今年のコンディションは!?』
「もはや俺を倒せる者は存在しないだろう……なぜなら、この俺が、天下一だからだ!!」

 マントを翻しながら腕を上げるチャンピオン。意気込みを聞いて興奮したのか周りの人々は歓声をあげた。
 だが、一行の目は完全に白い。

「…………何あれ」
「いやあ、愉快なオッサンですねぇ。年下かもしれませんけど」
「筋肉、っつーか、もっこりがキショイ」
「見るな悟空。眼球が腐る」
「――耳も塞ぐべきだったわ」

 ふとチャンピオンの視線が一行を捉えた。チャンピオンは何を思ったのか哀れんだ瞳を向けてからどこからか出した色紙に何かを書き始めた。

「最近は男のファンも増えてきたな。そんな貧相な体格では俺に憧れるのも無理はないか。そら、サインだ!」

 自分を憧れて見つめていると思われたらしい。チャンピオンは三蔵の顔に色紙をビタっとたたき付けるように貼り付けた。

「せいぜい鍛えろよ」

 わっはっはと声を上げながら、チャンピオンは手を振り両隣のバニーガールと共にコロシアムへと去っていった。
 顔に色紙を貼られた三蔵は微塵も動かない。
 心配になった悟空が顔を覗き込んだ刹那、三蔵は躊躇いもなく懐から小銃を取り出すとチャンピオンの頭へと銃口を向けた。

「うわーーッ、ストップ、三蔵ストップ!!」
「ダメです三蔵ッ!!」
「落ち着け、気持ちはわかるぞ!?」

 完全にブチ切れた三蔵を三人は全力で止めにかかった。

「――エントリーにはまだ間に合うな」

 動きを止めた三蔵の口から、そんな言葉が漏れた。悟空は目を丸くする。

「えっ!それって、」
「あの筋肉に思い知らせてやろうじゃねえか――天下は広いんだって事をな……!!」
「「ぃよっしゃあ!」」

 三蔵は顔に貼り付けられた色紙を手に持って思い切りへし折った。
 悟空と悟浄も手をあげて三蔵に賛同した。

「――こういう時の団結力だけは、目を見張るものがありますよねえ、延朱、」

 完全に傍観するつもりで、八戒は後ろにいるはずの延朱に声をかけた。だがそこに姿はなかった。

「なんて麗しいんだ!」

 チャンピオンと同じような格好をした男が三人、何かを囲んで話している。言われなくても大会の参加者だということがわかった。よくよく見れば、真ん中に挟まれているのは延朱だった。いつの間にか話しかけられていたらしい。ダルマのような筋肉を持つ男達は延朱を口説き倒している。

「貴様、ワシの嫁にならんか!」
「いやいやそんな筋肉よりワシの方が!」
「いや、この腹斜筋こそがこの娘の婿にふさわしい!」
「いいや、オレの脊柱起立筋の方が!」

 男達は自らの身体を誇張するようにして動かし、筋肉を見せびらかせている。日焼けサロンに通っただろう真っ黒な肌、更に見栄えを良くするためかポージングオイルを塗りたくってテラテラと輝いていた。
 そんなものを見せ付けられてしまったせいか、延朱はあまりの気色の悪さにドン引きしすぎて声すら出せずに震えてる。

「わー……延朱、半泣きになってる」
「本物のチワワになったな」
「あちゃー、ありゃトラウマもんだな」
「早く助けてやらなきゃじゃん」
「あれはあれで面白いな。放っておくか」
「まあ、可愛いっちゃ可愛いけどよ。放置は後が怖いぜ」
「――全くもう」

 若干面白がって見ている三人を余所に、八戒は溜め息をついて男達に後ろから「あのう」と声を掛けた。

「すみませんが、その人は僕達の連れですのでお引取り願えませんか?」

 腰を低くして言う八戒。助けがきたとばかりに、延朱は八戒の背後に身を隠した。
 振り返った男三人は八戒を見下ろしてから大声を上げて笑い出した。

「こんな貧相な男と一緒にいるのか!お前は見る目がないな」
「見ろ!まるで小枝のような腕じゃあないか。それになまっちろい体で女を守れるわけがないだろう」
「そっちの子供と僧侶に守られているのかも知れんぞ。こんな眼鏡がそんなに強いはずがない」
「そいつらの女房役が一番似合ってるからな」

 大口をあけて笑う三人に八戒は笑顔のまま聞いた。

「……貴方がたは、大会の参加者ですか?」
「そうだが、貴様のようなもやしには関係がないだろう」

 完全に馬鹿にした物言いに、八戒の笑顔は完全に強張っていた。しかし、筋肉たちはそれに気付くはずもなく。

「あーあ、やっちまった」
「やっちまったな」
「俺は知らん」

 背後の鬼のようなオーラに気付いた三人は筋肉たちを憐れみの視線を送っている。

「僕も参加します。勝った方が延朱を戴くということでよろしいですか?」
「それは構わねぇが、お前みたいなのが俺達に勝てるとでも思ってんのか」

 八戒はとびきりの笑顔で三人を見上げた。

「この筋肉だるまさんたちに、もやしの恐ろしさを教えてあげませんとね」

  |



  TOP
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -