設定は長編夢主人公とバーナビーです。
 ジェイク事件後の話。




 あなたがために。






「……すごい人ですね」
「コンサートですからね」

 バーナビーの車の中で二人は外の景色に目を見張った。シュテルンビルトで最大のホールで、シュテルンビルトで一番人気の歌手のライブが開かれる。その会場が今目の前にあるドームだった。約四万人も収容できるドームにファンが殺到していた。二人はそのファンの長蛇というよりも大河のような列を見て驚きを隠せないようだった。

「こんなすっげーとこでサプライズゲストとして出るなんて、俺たちも有名になったもんだなあ」

 後部座席にいた虎徹が、ひょっこりと前に顔を出しながら言った。

「ところで、なんでシシーはそんな格好してるわけ?」

 虎徹がシシーを見て首を傾げた。シシーの格好は白のワイシャツにまっ黒なスーツとネクタイという、コンサート会場に似つかない格好だった。

「それでサングラスでもしたら、宇宙人見た人を脅しに行く役人みたいになっちまうな」
「サングラスなら、こちらに」

 スチャっと内側の胸ポケットからサングラスを出すとシシーはそれを着けた。それさえ着けてしまえば、黒衣の男顔負けである。

「そ、それでニューラライザーまで持ってたら……」
「それでしたら、こちらに」

 シシーはまた胸ポケットを探る。中から出てきたのは銀色に光る万年筆のようなものだった。

「「え」」
「……冗談でございます」
「びっ、くりしたあ。まるで本物みたいですね、それ」
「ただの万年筆でございます」
「いやー! 楓の記憶だけは消さないでー!」
「ただの万年筆でございます」

 シシーは溜め息をつきながらサングラスと万年筆を胸ポケットに戻しながら言った。

「人手不足で、私が二人のSPを任されたのです。アニエス様から」
「ほー。よくバニーが許したな」
「まあ、SPと言っても僕らの近くにいるだけですからね。それに、」
「私実を言うと、このバンドの大ファンなのでございます」

 ぐっと拳を握りながら目を輝かせるシシーに、虎徹は意外な一面を垣間見た気がした。

「へ、へえ」
「僕らといれば、裏ですけどその人たちが見れるじゃないですか。それに、堂々と一緒にいられるわけですし」
「バ、バーナビー様!」

 爽やかな笑顔で言い放つバーナビーに、シシーは思わず顔を赤らめた。
 そんな二人をニヤニヤと見ながら虎徹は言った。

「アラアラ、お熱いですコト!」
「虎徹様っ!」
「ほら早く裏から入っちまおうぜバニー!」
「そうですね、虎徹さん」

 バーナビーはハンドルを握ると関係者専用駐車場へと車を走らせたのだった。



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「本番十分前でーす!」
「はい」
「き、緊張してきた……」

 先程の威勢はどこへやら、虎徹はそわそわと控え室の中を歩き回っていた。
 控え室に来る前に、少しだけ観客席を見て来たのがいけなかったようだ。テレビ慣れしている虎徹も、ドームが満員になる程の人の前に立つ事に緊張しているようだった。

「――ト、トイレ行ってくるわ」
「またですか? 早く帰しないと、」
「大丈夫だって!すぐ戻るよ」

 親指を立てながら控え室から転がるように出て行った虎徹を、バーナビーは苦笑しながら見送った。

「バーナビー様……あの」
「なんです?」

 シシーはバーナビーの前で深深とお辞儀をしていった。

「ありがとう、ございます。コンサートに連れて来てくださって」
「な、何言ってるんですか。今回はアニエスさんが僕らのSPとして貴女を、」
「そのアニエス様から、色々とお伺ったのです」
「え」

 シシーは下を向いて指をいじりながらもごもごと口ごもる。

「その……えっと、私をどうしても連れて行きたいとバーナビー様に言われたと、アニエス様が……私に何でも良いから役職を付けれくれって、そうすればコンサート会場にもこれるからって」
「アニエスさん、そこまで話したんですか!?」
「は、はい。それはもう嬉しそうに」

 バーナビーは頭を抱えながら壁にもたれかかった。
「そうだった、あの人もガールズ同盟の一人だった……」バーナビーはシシーに聞こえないように呟きながら、思い出していた。
 カリーナ、パオリン、アニエス、そしてなぜかネイサン。四人は他人の色恋に敏感で、尚且、それに対してお節介を焼くのが大好きなのだ。今回もシシーにだけは内密にと言った言葉を一瞬のうちに忘れたアニエスが教えてしまったのだろう。
 バーナビーは観念したように溜め息を吐いた。その顔は少し赤い。

「……ええ、そうですよ。貴女が来れるようにアニエスさんに頭下げましたよ。だって貴女、このバンドの名前を聞いた瞬間目輝かせて良いなあ良いなあって呟いてたじゃないですか」
「それは、その……申し訳ございません、私の為にそんな事まで……」

 ゲストで出る事を教えた時のシシーの瞳は、それはもう爛漫と輝いていて、少しだけ妬いた覚えがあった。本当はバンドなんてどうでも良いし、アニエスに頭を下げるのだって気が引けたのだ。でも、下げたくもない頭を下げて、スポンサーに媚びを売ってでも、喜ばせたいと思うのは。

「――貴女だから」
「え?」
「貴女だからですよ。僕は貴女の為だったらなんでもしますから」
「何でもって……」
「何でもです」

 シシーの為だったら何でも出来るとバーナビーは自信を持って言う事が出来た。
 笑ってサラリと恥ずかしい事を言いのけるバーナビーに、シシーは顔を赤らめてその顔をぼうっと見つめていた。

「さ、もう時間だから行きますね。虎徹さん呼ばなきゃ」
「は、はい。あ、の……」
「なんです?」
「お仕事が終わりましたら、今日のお礼をさせてくださいね」
「良いですよ、お礼なんて――」

 シシーの言葉にバーナビーは一端断ろうとしたが、腕組みをして少し考える素振りをした。かと思うと、バーナビーはシシーの前髪を手でかき分けて、額に唇を落とした。
 それは俗にいうデコチューというやつで。

「……行ってきます」
「ば、ばーなびーさまっ!?」
「コンサートのお礼、ちゃんと貰いましたから」

 意地悪く笑うバーナビーとは対照的に、シシーは耳まで赤くなる程に紅潮し、目を回していた。そんなシシーの頭をバーナビーは笑いながら優しく撫でた。

「やーだ、俺が恥ずかしくなってきちゃった……」

 不意に聞こえてきた声に、二人は反射的に扉を睨みつけた。そこには顔の半分だけ出している虎徹が口を手で覆いながら二人を見ていた。なぜか虎徹の顔も少しだけ赤い。

「こ、こて、」
「いつから見てたんですかっ!」
「『貴女だから』のくだり」
「そ、それだいぶ前ですよねっ!? なんでその時部屋入ってこなかったんですか!」
「いや、なんか入っちゃいけない気がして……」

 バーナビーは見られていたという事実に顔を赤らめる。シシーに至っては茹だったタコと同じくらいに顔を紅潮させていた。

「〜〜〜〜ッ! も、もうスーツ着ないと! 先に行きますね!!」
「あ、おいバニー! また後でなシシー」

 ズカズカと大股で部屋を出て行ったバーナビーを追うように虎徹はシシーに手を振ってバーナビーについて行った。
 シシーは数秒間硬直していたが、二人が出て行ってから我にかえる。
 部屋から顔を少しだけ出して二人に言った。

「い、いいいって、らっしゃい、まし!」

 声を振り絞って言った言葉は聞こえたようで、二人は走りながら後ろ手に手を振ったのだった。




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