設定は虎徹より年下、バニーよりは年上の非NEXTのカメラマンです。





 糖漬けレモン。








 事の発端は、フィーの家で、先日撮った写真を現像している時だった。
 仕事が終わってフィーの家に来ていた虎徹が、リビングでくつろぎながらテレビを見ている。フィーが写真を現像し終えて現像室から出て行くと、虎徹が後ろを向いて手を振った。

「終わったか、今回の写真はどうだった?」
「まあまあ、ってとこですね。でもこれなら編集長には怒られずにすみそうです」

 まあまあとは口で言っているが、フィーの顔はかなり頬が緩んでいた。きっと良いものが撮れたんだなと虎徹は思いながら、ソファーの横にスペースを開けて、そこを叩いた。フィーは嬉しそうに笑ってそこに座る。

「お、これなんか結構良いんでない?」
「――良いとは思いますけど虎徹さん、今回使ってもらえるのはバーナビーさんの写真だけですから。虎徹さんの写真選んでもらっても困るんですけど」
「あ、ははっ、そうですよねー」

 虎徹は頭を掻きながらへらりと笑った。今回頼まれたのはバーナビーの特集に使うものだ。それなのに虎徹が選んでいたものは、全て自分中心の、しかも完全にカメラ目線の物ばかり。中にはダブルピースなんてしている写真もあった。

「――じゃあ、バニーのだけ現像すりゃ良かったろ? なんで俺のまで」
「そ、そりゃあホラ! カメラマンとしては一応見ておかないといけないじゃないですか!」
「ふーん」

 疑わしい目で見つめてくる虎徹に、フィーは慌ててワイルドタイガーの写真だけを隠す。

「なーんて良いながら、実は俺の写真集めてたりして!」
「すすすするわけがないでしょっ!?」
「えー、そうなの?」
「そうですっ! そんな気色の悪い事しませんよ!」
「――なんかちょっとショック」
「大体、なんでバーナビーさん撮ってたのに虎徹さんが……写って――あっ……」
「あ?」
「――、っくしっ!」

 口を押さえてくしゃみをしたフィーは、思わず身震いする。

「暗室寒くて身体が冷えちゃったみたいで、」

 身体を摩りながら笑うフィーだったが、虎徹の顔を見て目を丸くした。
 虎徹は眉を寄せて怒りの篭った瞳で見つめていたと思うと、フィーの身体を抱き上げる。

「ひゃあっ、虎徹さん!?」

 何が起こっているのか理解できないフィーは驚きのあまりうわずった声をあげる。虎徹は何も言わずに寝室まで大股で歩いていくと、フィーを無理やりベッドに寝かせた。

「ど、どうかしたんですか!?」

 フィーに何枚もの布団を被せると何かを探そうと戸棚を開け閉めし始めた。

「こ、虎徹さん、」
「おい体温計とか薬とか、どこ置いてあんだよ!?」
「へ? そこの引き出しの中ですけど……どうしたんですか?」
「どうしたじゃねーよっ! 今くしゃみしただろ!?」
「しましたけど、ただのくしゃみで、」
「ただの!? 大事になったらどうすんだよ、寝てろ!」
「えっ!?」

 起きあがろうとしたフィーの身体は、虎徹は押さえつけつけて再びベッドに戻された。

「なんともないですから。それにまだ仕事が、」
「駄目だ寝てろ」

 笑って見せても眉一つ動かさずに真剣な顔をしてみつめる虎徹に、フィーはため息をついた。

「……わかりました」

 そう言って布団の中に潜り込んだフィーを見て、虎徹は我に帰ると肩を落として頭を抱えた。

「――悪い」

 ベッドの隅に座る虎徹をフィーはチラリと盗み見た。
 虎徹の顔は、いつも見せてくれている底抜けの明るい笑顔ではなく、頭を抱えながら眉間にしわを寄せ、辛そうな表情をしていた。

「虎徹さ、」
「……怖いんだよ」

 虎徹は絞り出すような、弱々しい声で言った。

「もう、大切な人がいなくなんのはヤなんだよ……」
「虎徹さん、」
「あいつも始めはなんともないって言ってたんだ。俺、馬鹿だからそれを鵜呑みにしてさ……でも」

 虎徹は両拳を固く握りしめ、額に押し付けた。
 虎徹の言うあいつとは、虎徹の妻の事だ。フィーと会う一年前に病気で亡くなったのを、もちろんフィーは知っている。
 それだけでなく、虎徹の一生涯忘れる事のできない人で、最愛の人だということも、虎徹がその話をしたがらない理由も、シシーの前では名前すら口にしない理由もなんとなくわかっていた。

「――っ、悪い! フィーの前であいつの話しないようにしてたのに!」

 虎徹は無意識のうちに口にしていた言葉に驚き、慌てて謝りながら振り返る。

「――フィー、さん?」

 フィーは布団の中に潜り込んだきり出てこない。虎徹がそうっと布団に顔を近付けると、鼻をすする音が聞こえた。
 それに驚いた虎徹は、上にかけていた布団を全て引き剥がす。ボロボロと涙を零すフィーが現れ、虎徹は再び驚いた。

「ちょ、マジごめんってフィー! お前と付き合ってんのに死んだ女房の話するなんて、」
「そうじゃないですっ」
「へ?」
「……奥さんと同じように心配してくれた事が、嬉しくって」
「フィー――?」
「――虎徹さん、私の前で奥さんの話をしないでしょう……だから、私と付き合ってる事が亡くなった奥さんに後ろめたいんじゃないかなって、そう思ってた、」
「そんなわけあるかよ!」

 大声をあげられたフィーは肩をびくつかせた。それを見てはっとした虎徹は帽子を深く被って顔をふせた。

「……そりゃ、付き合う前は友恵に悪いって思った事もあったよ。でも、お前に告白してからは一度も思った事はねえ。俺はそんな生半可な気持ちでお前と付き合ってなんかないし、そんなんだったら最初から好きだなんて言うわけねーよ」

「って、何恥ずかしい事言ってんだ俺……」虎徹は呟いて、更に下を向いてしまった。みるみるうちに、虎徹の耳が真っ赤に染まっていった。それはフィーも同じだった。

「……今までで一番、グッときた告白かも」
「はぁっ!?俺が初めて言った時よりもかよ!」
「だって虎徹さん、あの時だいぶ酔っ払ってたし、呂律が回ってなかったもの」
「――っ、うっせ」

 虎徹はフィーの頭にコツンと拳を当てた。それはどく事はなく、ゆっくり開かれてフィーの頭を撫でるように置かれた。

「――好きなのは、今も変わんないから」
「――ありがとう」
「お、おう……って、あれ、話が変わってる気が」
「虎徹さんが変えたんじゃないですか……」
「そりゃ、あんな事言われたら反論もしたくなるだろう!」
「す、すみません」

 虎徹はベッドに座ってフィーの言葉を待った。

「――虎徹さん、奥さんの事好きでしょう? だから私、ずっと奥さんよりも好かれてないんだって思ってたの」
「そんな事ねー、」
「思ってた、って言ってるでしょうが」
「いてっ」

 今度はフィーが虎徹の額に拳を当てた。

「でも、さっきの聞いたら同じように好きでいてくれてるんだなって思ったら、なんだか嬉しくなって……」

 フィーはまたうっすらと涙ぐみながら言った。虎徹はフィーの頭を自分に胸に抱き寄せる。

「馬鹿だなあお前。変な心配してんじゃねーよ」
「――すみません」
「……同じで、良いのかよ」
「はい。同じで良いんです。だって、虎徹さんがどれだけ奥さんの事大好きなのか知ってますから」

 胸の中でヘラリと笑うフィーの額に虎徹は唇を当てた。

「――とりあえず、もう寝ようぜ」
「え、ちょっ」

 ニッコリと笑いながら、虎徹はフィーを押し倒すとベッドに押さえつけた。

「寝よう、って感じには見えないんですけど……」
「フィーが可愛い事言うからいけないんだよ」
「言ってな――」

 フィーの言葉を遮るように虎徹は口を塞ぐ。
 二度、三度軽いリップ音を立てながらフィーの口をついばんでから虎徹は口を離す。
 邪魔だとばかりに締めていたネクタイを緩めながら虎徹は言った。

「俺がどんなにフィーが好きか教えてやんねーとな」
「……馬鹿」

 フィーは恥じらうように顔を背ける。だが、虎徹の言葉が甘く耳に響いたのだった。






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