設定は虎徹より年下、バニーよりは年上の非NEXTのカメラマンです。
ラブラブ甘々めざしましたが…
名前変換は【その他】を変換してください。
不機嫌の薬。
「申し訳っ、ございませんでしたっ!」
自身のアパートのリビングで、虎徹は完璧な土下座をして頭を床にこすりつけていた。日本人の血が流れているからこそできるその匠の業だが、目の前に立つフィーにはわかるはずもなく。
完全に不機嫌マックスな顔をして、虎徹の姿を見下ろしていた。
「仕方ないですよ? わかってますよ? だって貴方はヒーローですから、どんな時にでも呼び出されて市民の為に働く! それが仕事ですからね! でも、今日だけは許しません!!」
土下座をする虎徹の前で、フィーは腕を腰にあてて足を開いて仁王立ちをしている。
「待って、言い訳させてよフィーさ、」
「言い訳? どうぞお好きに言ってください!? どうせ、仕事が終わったらパーティーでもあって、ついつい盛り上がっちゃって二次会とか三次会とか行ってたんでしょう!?」
ほとんど、というかまるきり全部大当たりだった。
フィーの名推理に、虎徹は言い訳は無理だと判断すると、これ以上ない程頭を下げた。
「……で?」
「で?」
「何次会までやったわけ?」
「――よ、四次会?」
「虎徹さんの馬鹿! もうしりません!!」
「ごめんってばフィー!」
顔を背けてソファーに座ったフィーに、虎徹はすがるようにくっつきながら両手を合わせた。
「今日は、何の日ですか!?」
目を絶対にあわせないように、顔を虎徹とは反対に向けながらフィーが訊いた。
「――俺とフィーが、初めて会った日です……」
ソファーに正座しながら虎徹は言った。
忘れるはずがない。フィーに初めて会ったのは、最愛の妻を亡くしてまだ一年が経たない頃だった。
虎徹はヒーローの仕事をまともに、というよりも、ほとんどやっていなかった。朝から酒を煽り、妻の死から逃れようとまた酒を煽る。そんな毎日を送っていた時だった。
虎徹が路地裏の散乱したゴミ袋の上で酔いつぶれているところを、フィーが何かの写真を撮ろうと通りかかり、虎徹を見つけたのだ。
フィーはそういう人を放っておけない質だったようで、虎徹を家に連れ帰って介抱してくれたのだった。
「――あん時は、本当にヤバかったなあ」
虎徹はへらっと笑って懐かしむが、実際は本当に大変だったのだ。
酒が切れれば暴れ出し、酔いつぶれてしまえば妻の名前を呼びながら後悔と自責に苛まれ、肉体的にも精神的にも、ボロボロの状態だった。
そんなどん底から脱出させたのは、他でもないフィーだった。
「今の俺から見ても、あんなヤバい野郎は関わりたくないと思うぜ。それなのにお前ってば、思いっきり俺の頬ビンタしてさ」
「だ、だってしょうがないじゃないですか! 男の癖にピーピー泣いてたから、」
「あれえ?でも、お前もその後泣いてたじゃん」
「な、泣いてないっ」
「泣いてたし! なんも言わずに、じーっと俺の顔見てさ。般若みたいな顔いでっ!?」
「殴りますよ!?」
「……もう殴ってますよ」
殴られた頭をさすりながら、虎徹はフィーの顔をチラリと見つめた。
「お前があの時にぶん殴ってくれなかったら、今頃俺はどうなってたかわかんねえな。フィーには……本当に感謝してる」
「お、覚えてたなら良いんですよ! 覚えてたなら」
「ぜーんぶ、覚えてますとも」
頬を打たれた虎徹は、その時にようやく自分がとんでもなく馬鹿な事をしていたのだと気づいた。
それから数年経って、フィーとはなんだかんだあって付き合っているのだった。
大事な日だというのに、飲み屋を梯子をしたせいでかなり酔っている虎徹を見て、フィーは溜め息をついた。
「よし、覚えたなら許してあげましょう。今度埋め合わせしてくださいよ!」
「もちのろんだぜ」
「はいはい。もう遅いから、もう寝ましょう? ベッド連れていってあげますから」
「やだー」
「甘えた声出さないでください、気色悪いですね」
「フィーちゃんひどーい。あ、そうだフィーちゃん! 今日は二人で食べようと思って良いもの買って来たんだぜ!」
そう言いながら虎徹はシシーの右手を握って、着ているジャケットの内側から長細い箱を取り出した。
「やだそれ、もしかしてリンツ!?」
「あったりい! さすが甘党。今日のパーティーにスポンサーとして来ててさ。そんで貰ったの」
黒いシックな箱に白いリボンの巻かれた、ネックレスでも入っていそうな箱の中身はチョコレートだった。
シュテルンビルドで、超がつく程高価で高級で有名なチョコレート。一度食べてみたいといっていた大の甘党であるフィーの心を捕まえたようだ。その箱を見るなり目を輝かせている。先ほどの不機嫌はどこへやら。
買ってきたと言いつつ、貰ってきたと宣言している事にも気付いていない程喜んでいるフィーを見て、虎徹も嬉しくなった。
「虎徹さん、早く食べましょう!」
「おう! 少ししかないからちょっとずつ食べよう、な……」
箱を開けると、原型が崩れ、ナッツのチョコレートフォンデュのようになった別の何かが包装されていた。
無理もない。パーティーが始まってすぐに貰ってから、今まで懐の中で大切に大切に温めてしまっていたのだから。
「ドロドロ……ですね」
フィーのしょんぼりする声を聞いて、虎徹の顔から笑みが消え、今にもすうっと白くなって消えてしまいそうな薄さになっていた。
「フィーの為に、貰ってきたのに……」
「き、気持ちだけでも嬉しいですよ? そうだ、もう一回冷蔵庫で固めるとか……?」
「駄目だから! そんな事してたら今日が終わっちゃうでしょ!」
フィーは慌てて宥めるが、虎徹は膝を抱えていじけてしまった。
「良いもん……どうせ俺は何やっても駄目なんだもん」
「そんな事ないですからっ」
「大事な日なのにこんな時間に帰ってきてフィーちゃん怒らせちゃったし」
「も、もうそれは良いんですよ」
「馬鹿高いチョコ溶かしちゃったし」
「それはまあちょっと駄目かもしれないですけど、」
「それに今日も建物壊しちゃって怒られたしさ、ベンさんにどやされたしさ、この間楓にだってさ――」
フィーはグチグチといじけはじめた虎徹を見て溜め息をついた。
何を言っても、自分を卑下して落ち込んでしまう。酔った時に出る悪い癖だった。こうなった虎徹は簡単には止められない。
「――いい加減にしなさいっ!」
だが、フィーとて伊達に数年も一緒にいるわけではない。フィーは咄嗟に持っていた箱の中身を虎徹の口の中に放り込んだ。
「……あみゃい」
舌の上でカシューナッツが転がり、甘い甘いチョコの沼が口の中に広がった。
「美味しい?」
「――やっぱり高いチョコは溶けてても美味いな!」
「はいはい。機嫌が直ったみたいでなによりです」
虎徹は暗い顔をぱあっと明るくして笑う。フィーもそれを見てホッと胸を人撫でした。
「ねえフィーちゃん。もう一個」
虎徹はあーんと口を開く。フィーは仕方ないと言った顔で、ギリギリで原型をとどめているチョコを摘んで持ちあげたその時だった。
「ストーップ!」
虎徹の静止に、フィーは肩を飛び上がらせて驚いた。虎徹はニヤリと何かを企むような笑顔をしている。
「な、何!? 早くしないと溶けちゃう、」
「はいそのままねー」
チョコを摘んでいる右手を両手で固定すると、虎徹はあろうことか、フィーの指ごと口に含んだのだった。
「ちょ、虎徹さんっ!?」
思わず声を上げて逃げようとするフィーの腕は、虎徹によってしっかりと握られている。
いつの間にかソファーの隅に追いやられて組み伏せられていた。
虎徹はフィーの瞳をじっと見つめながら、丁寧に指を舐めとっていく。
「っ、……」
虎徹の視線と、舌の這う感触に、甘い電気のような痺れがフィーの身体中に駆け巡る。
「……ぁ、んっ……」
じらすように、指ごとチョコを甘噛む虎徹の歯に、思わず声が漏れる。フィーは必死に声を出さないように手で口を塞いだ。
絡まる舌の熱で、更に溶け始めたチョコが指から滴り落ちる。それを吸い付くように舐めとりながら、チョコレートとは関係のない指までもを虎徹は食べ尽くしていく。
「……っはい、おいしゅうございました」
わざとリップ音を出しながら虎徹は唇を離すと、口元を手の甲で拭いながら悪戯っぽく笑った。
フィーはというと、顔を真っ赤にして、パクパクと空気が足りない魚のように口を開閉している。
チョコレートのように溶けてしまそうな程熱くなった手に、虎徹は指を絡ませた。
「何? もっと食べて欲しかった?」
「な、ば、ばか! なな何言ってるんですかっ!?」
「ふーん、へー、ほー?」
ニヤニヤと笑いながらフィーの顔を伺う虎徹。それを見て赤くしていた顔を更に染めるフィー。
「――俺は、もっと食べたくなっちゃったもんねー!」
「へ!? ひゃっ!」
虎徹は満面の笑みでフィーを姫様抱きして立ち上がる。
「ここじゃ美味しく頂けないので上に行きましょうねー、フィー」
「やっ、お、降ろしてくださいー!」
「やーだよ」
フィーは足をバタバタして抵抗するもむなしく、上機嫌な顔の虎徹に二階に連れて行かれてしまったのだった。