相部屋−三蔵編−




「三蔵、コーヒー入れてみたんだけど」

 同じ部屋になってから、延朱から初めて発せられた言葉はそれだった。
 俺は何も言わずに置かれたコーヒーに口をつけた。濃さも砂糖の量もちょうど良い、俺好みの物だった。
 こんな風に淹れられるのは俺の知る限り八戒だけだ。

「ま、まずかった……?」
「……まずくはない」
「そっか。八戒に分量聞いてみたけどちゃんと出来てるか心配だったの」

 なるほど、八戒から聞いたのならわかるに決まっている。
 なんとなく美味いと言ってやるのは気恥ずかしく思い、言わないでやった。我ながら憎らしいとよく思う。香り立つ湯気と共にのんびりとした空気が漂う。
 気候の変わり目のおかげかかなり過ごしやすく、空には上弦の月が雲に隠れる事なく輝いていた。

「……三蔵って、キレイな顔してるよね」

 俺が読んでいた新聞紙の触れ合う音だけが響く中、ポツリと聞こえたその言葉に、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。

「殺されてぇのか馬鹿チワワ」
「だって、本当の事だもの」
「そんな事いってる暇があったらとっとと寝ろ。明日は早いんだ」
「うーーん……もう少しだけ」

 隣のベッドでゴロゴロと寝ころんでいるのを横目で追った。
 延朱の、時折見える首筋が、白くて、細くて、妖艶に見えた。例えるなら……

「月……」
「あ?」
「綺麗だなぁって思って」

 確かに今日の月はいつも以上に格別だった。隠す物もなく、周りの星がさらに美しさを引き立てている気がした。白く細いしなやかな月。例えるなら……


「月……」
「ん?」
「綺麗だな」
「うん」

 本当は月の事を言ったわけじゃなかった。
 まるで月のように白く、まるで月のように儚く、まるで月のように手の届かない存在。
 俺には本人を前にして言えるような勇気も、悟浄のように口説く事もできない。
 だからせめて、お前の分身のような月に言うのも悪くない、そう思った。

「明日も晴れるかしら?」
「雨でも槍でも、西には行くぞ」




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