as usuall(ハロウィン企画)

「かぼちゃの飾り物やらお化けやらをよく見る季節になりましたな!」

 ぺらりと書類をめくりあげていた手が止まる。視線だけを台所に向けた男は湯川学。帝都大学理工学部、物理学科准教授で、頭脳明晰、スポーツ万能で容姿端麗という『完璧』という言葉をそっくりそのまま引き出したような男だった。だが、そんな彼にも欠点があった。湯川は破滅的に人付き合いが下手なのだ。
 台所から聞こえた声に、湯川は論文に視線を戻して答えた。

「ハロウィンなのだから当たり前の事だろう?」

 ユーモアの欠片もない答えに、酷くつまらないという顔をしながら綾乃はお盆に持って居間にやってきた。
 綾乃は道を歩いていれば男女共に振り返る程の美人だった。そして大学では首席であり、運動神経もずば抜けている。簡単にいってしまえば湯川と同じように頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗。さらに読書が趣味という事で『お嬢様』という言葉がぴったり合うような女だった。大学の誰もが清楚可憐な少女だと疑わなかった。勿論、湯川だって初めて話すまではそうイメージしていた。だが、やはり彼女にも欠点があった。破滅的に口が悪い事だった。


「なーんだ、知ってたのかよ。そういうイベントとか気にする奴には見えなかったから」

 相変わらず酷い口調だが、湯川にとってはそれはとても心地が良かった。
「心外だな」と湯川は眼鏡を直しながらしれっとした顔で返す。口ではそう言っているだけで、微塵も思っていない。

「それくらいは常識の範囲だろう」
「自分の誕生日を忘れてた奴の台詞じゃねえよ」
「そんなものはイベントに入らないからだ。誕生日なんて十代の子供が高価なプレゼント欲しさの言い訳だ。そもそもハロウィンというのはヨーロッパを起源とする民族行事で、」
「もともとは諸聖人の日の前夜祭だったんだろ?知ってるっつの。まったく。それにしても最近の若者は無宗教ばっかのくせに、こういうイベントだけは大好きだよな。バレンタインとかクリスマスとかさ」

 文句を垂らしながら綾乃がちゃぶ台に乗せたのはお化けやらミイラやらをかたどったオードブルに、きのこと鮭のキッシュ、ジャック・ランタンの形をした皿に入ったカボチャのサラダ。
 湯川はオードブルに乗っていたお化けの形をした卵を一つ取って笑った。

「綾乃君も好きなんだろう、そういうイベントが」
「……バレたか」
「隠すつもりもないくせに」

 これだけ全面にハロウィンを出しておいて世間の風に流されないとのたまってはいる綾乃が、そういった事が実は大好きなのを湯川は知っていた。現に料理を見れば一目瞭然だ。
 一通りちゃぶ台の上に料理が乗ると、綾乃が浮ついた笑みで湯川を見て言った。

「trick or treat!」

 両手を挙げて脅かすようにして言った綾乃に、湯川は一瞬きょとんとした顔で見やった。だがすぐにその顔は不適な笑みに変わる。

「happy Halloween」

 湯川は鞄から綺麗に包まれた箱を取り出しながら流暢な英語で返した。
 今度は綾乃がきょとんとしている。

「え、嘘なんで持ってんの!?」
「君の嗜好は大体把握しているからな。今日呼ばれたのもこの為だとわかっていた。ちなみに中身はチョコレートだ」

 自分の誕生日を忘れていた湯川がハロウィンなんて覚えているはずがないと踏んでいた綾乃は、悔しそうな顔をして肩を落とした。
 まさかお菓子まで用意しているだなんて。

「――最初からお見通しだったのか……さすが先生。侮れねえ」
「一体どのくらい一緒にいると思っているんだ」
「一年とちょっと?」
「曖昧過ぎる」
「別に良いじゃねえか。あーあ、お菓子なんて持ってくるわけないと思ったのによ。今日という日のために一カ月前からいたずらリスト作って楽しみにしてたのにさ」
「報復のいたずらか。一体何をするつもりだったんだ?」

 綾乃はホットパンツのポケットからメモ用紙を取り出して読み上げた。

「えーと。くすぐりだろー、本読んでるところにちょっかいだすだろー」
「待て、一つじゃないのか?」
「あったりまえだろ!こんなチャンス滅多にないと思って、色々考えておいたのに。全部なしかよ」
「――残念だったな」

 畳に寝そべり悔しそうに両手両足をばたばたしている綾乃を尻目に、湯川は目の前の料理を見て言った。

「それにしても、今日は一段とまた豪華だな」

 一言誉めただけで、いじけて畳の目を数えていた綾乃が嬉しそうに笑った。
 湯川にはそれが可愛らくて仕方がない。

「酒もあるぜ!ワインだけど。こんな時じゃねえとうちは豪華にはなりませんからねー」
「――そんな事はない。僕があらかじめ家に行くと告げている日は豪華な料理が出てきていたがな」
「なっ……自意識過剰なんじゃねーの!?」

 みるみるうちに赤くなる顔が、さらに湯川の気持ちを高ぶらせる。それを気付かれまいと、普段の口調に聞こえるように続けた。

「今までこの家に何回来たかまでは覚えていないが、僕が突然やってきた時とそうでない時の主食に使っているものの値段が、僕が来た時の方が遥かに高く見えた。相対的にも、君が僕が来るのを楽しみにしているとしか思えない」

 別に全部覚えているわけがないし、自分が突然やって来た時の方が多いのだが。
 綾乃がそう思ってくれていたら良いなという希望を口にしてみた湯川だったが、どうやらあながち間違いではないようだった。
 図星を突かれて目線が定まらない綾乃は、耳まで真っ赤にして言った。

「ば、ばば馬鹿な事言ってんじゃねえよ!ま、まあ先生がそう思いたいならそういう事にしといてやるけど!?」

 綾乃の声は動揺のせいかかなりどもっていた。
 まさか本当に考えていたとは思っていなかった湯川は、その言動にぐらりと理性が揺れた。そして次の瞬間、綾乃を押し倒していた。

「は、え、ちょっと先生!?」
「……のせいだ」
「え?」
「綾乃君の、せいだ」

 囁くようにして聞こえた言葉に綾乃は瞠目する。
 湯川は憂いを帯びた瞳で真っ直ぐに綾乃を見つめて言った。

「そんな顔をして、そんな声で、そんな言葉を口にするからだ。そうやって君は僕の理性を簡単に崩してしまう」
「い、意味がわかんないし!」
「自覚なしに誘っていたのか。なかなか性悪だな」
「はあっ!?誘ってなんかないし!ていうかどけよ馬鹿湯川!」
「ごめんこうむる」
「やだって、どけ!ていうかタイム!!」

 腕の中でバタバタともがく綾乃をしっかり捕まえて湯川はニヤリと笑った。

「――そうか、こういう時に使えるな」
「へ?」
「trick or you」
「はあっ!?」
「菓子は別に結構だ。君が欲しい。だからtrick or you」
「お前、よく恥ずかしげもなくそんな事抜かせるな!?だが断る!」
「なら仕方がない。いたずらしてやるしかないだろう」
「ちょ、だから待てって!話を聞、んんっ」

 してやったりという顔をして、湯川は綾乃の口を塞いだのだった。



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