※八戒とは恋人同士の設定です。
八戒は眉一つ動かさずにその場に立ち尽くしていた。
それもそのはず。別邸にある浴場から帰ってくれば、部屋の真ん中に赤いリボンが施された、それはそれは大きなプレゼント箱が置かれていたのだ。それだけならまだ笑顔で固まっていただろう。
中からくぐもった声がする上に、ガタガタと揺れているのだ。あの八戒でさえ笑顔が消えている。
数秒硬直して、八戒は箱についているリボンを解いて、上蓋を開いた。
中に居た人物も、外と同じ色のリボンで体をデコレーション……否、拘束されていた。目にも口にもリボンをつけられ、声すらあげられない。先程から聞こえて居たのはこれかと至極冷静に考えながら、八戒はもがく延朱の目と口を覆って居たリボンを外してやった。
「っはぁ!やってくれたわね!?覚悟なさい、悟空ごじょ、」
ものすごい剣幕で、しかし体は未だ拘束されたままの延朱が怒鳴りながら箱を開けた人物を見て固まった。
「何、してるんです?」
八戒だと気付いて、延朱は自分の姿を確認する。両手両足腕足体、至る所にリボンで結ばれ、所々には可愛いらしい蝶々結び。
火が付いた様に顔を真っ赤にしたかと思うと、俯いてしまった。そして、消え入る様な声で八戒の名前を呼んで言った。
「あの、その、誕生日、おめで、とう……」
幸せなる結果論。
時は半時程前。八戒がお先に失礼しますねと言って風呂に向かってすぐの事。
延朱が見計らった様に三蔵達に言った。
「ね、ねぇ。明日って八戒の誕生日でしょう?八戒、何か欲しいものとかないかしら。何かしてあげたいんだけど――」
これを聞いて目を丸くしたのは悟空と悟浄。
「何々、パーティとかすんの!?ローストチキンとかは!」
「いやおめー、ちょっとは飯以外から離れろ。つーかなんでパーティやる前提なんだよ。延朱が聞いてんのは欲しいものだろぉが」
「えー、やんないの?つまんねー!」
「つまるつまらないの話じゃねぇから!」
「ちぇっ」
悟浄に窘められ、悟空は口を尖らせた。なぜか必死な悟浄を鼻で笑って三蔵が「くだらん」と言った。そして続ける。
「他人に聞いて考えたモンをくれて、」
「誰が喜ぶと思ってんだ。そういうのは自分で考えろ、でしょ」
三蔵の話している途中で遮って代弁したのは当の本人、延朱だった。
「……最後にアホ犬が付いてねえぞクソチワワ」
「すみませんね!――そんなの、自分が一番わかっているのよ」
はあ、とため息を吐いて、延朱は俯く?
「でも、――自分からプレゼントをあげたいって思った事がないんだもの……」
「おー出た出た、箱入りのお嬢様発言。それに加えるなら、『初めての恋人』に、だろ?」
茶化す様に言った悟浄の言葉で、延朱は俯いたままなのだが、耳まで真っ赤にしている。恥ずかしいのがありありと見て取れて、悟浄も思わず顔を綻ばせた。
腕を組んで首を捻ったり唸っていた悟空が、椅子に座りなおす。少し前のめりになりながら延朱に言った。
「よくわかんないけどさ。八戒が喜ぶ事だろ?だったら別に物じゃなくてもいーんじゃん?いつもありがとうとか、普段言えない事とか言ってあげれば。したら八戒も喜ぶと思うぜ」
それを聞いた延朱は未だ真っ赤に染まっている顔を見られる事になるのも忘れて悟空を見やった。
「も、物じゃなくても?」
「じゃなくても。延朱からだったら、八戒なら喜ぶって」
にしし、と歯を見せて笑う悟空を、延朱は、まるで神を見ている様な尊敬の眼差しで見つめた。
「――悟空、すごい」
「そ、そうか?そうかなぁ」
「成長したなァ。小猿ちゃんも」
「猿じゃねえってば!」
頭に乗った、ニヤニヤと笑う悟浄の腕を振り払いながら悟空は頬を膨らませた。
悟浄は煙草を一息吸ってから軽くウィンクして言った。
「確かに、誕生日なんだから特別な事言ったって良いかもな。好きとか愛してるの一言くらい、サ。」
「えっ!?」
「てめえの口からそんな言葉が出てくると薄ら寒くて仕方ねえな」
「悪うございますね、そういうのから程遠くてよ。ま、おめーも一緒だけどな永遠チェリーちゃん」
悟浄と三蔵の間でバチバチと散る火花に目もくれず、延朱は若干パニックになりながらもやっとひねり出した答えを言った。
「……て、手紙にして渡すとかダメかし、」
「「ダメっしょ」」
それを遮る様にして言ったのは悟空と悟浄。悟空は心底真面目な理由で、直接の方が心がこもっていると思っているのだが、悟浄に関しては、初めは手助けしようとしたものの、最早好奇心と遊び心でしか動いていない。あまりにも奥手すぎる二人にイライラしていたのもあるのだが。
ふと悟浄の頭の上に電球が浮かんで光った、ように見えた。すぐに隣にいた悟空へ耳打ちする。
二人の表情が完全に何か企んでいる顔をし始めたところで、延朱は不安しかない。
「延朱は物もあげたいんだよな?」
「え?いや、そういうわけじゃないけれど……」
ニンマリした悟空と悟浄が、延朱ににじり寄る。延朱は引きつった笑顔で少しずつ後退していく。
「ちょうど良いもん、あるだろ?」
「だろだろぉ?」
「悟空、悟浄、なんだか怖いんですけど」
「怖くないでちゅよー」
「そーそー。」
壁際まで追いやられた延朱が藁にもすがる思いで助けを求めたのは、茶を啜って夕刊を読んでいる三蔵だった。
「ちょ、助けて三蔵!」
三蔵はそれを聞いてか、延朱を一瞥するだけして湯のみに視線を戻した。三蔵の周りだけゆったりとした空間が流れている。
「こいつらに相談したてめぇが悪い」
「薄情者っ!」
ついに二人に捕まった延朱は三蔵の背中に投げかける事しかできなかった。
背後から悲鳴めいた声と、面白がって笑う声を聞きながら三蔵は口の端をあげた。
「青くせえったらねぇな」