この人は少し変だと思う。

 目の前で繰り広げられるチェス盤の戦いに延朱は苦し紛れに笑いながら僕を見た。

「チェックです」
「待った、」
「なしです」

 このままでは僕の番となり、駒を動かせば延朱のキングはとられてしまう。それに気付いている延朱は必死になって次の一手を考えているようだ。
 今日は二日ぶりの町で、宿にも泊まれた僕らはじゃんけんによって部屋決めをした。そして今ここにいるのは僕と延朱で、つまり相部屋となったわけである。ちなみに有無を言わさず一人部屋に入って行ったのは三蔵だった。
 チェス盤を睨みつけながら唸る延朱を見て、僕はぼんやりと延朱の事を考えていた。
 そもそも延朱がカードやボードゲームといった遊びをするようになったのはこちらに来てからのことだ。
 ボードゲームを貸し出す宿は少なくない。
 旅を始めてすぐの頃、悟浄と悟空とで遊んでいるのを興味深そうに見ていた延朱に気付いた僕が、一緒にどうかと訊ねると、驚きの答えが返ってきた。

「見たことはあるけれど、やった事がないの」

 その時遊んでいたゲームというのがトランプのババ抜きだから、周りで聞いていた悟空や悟浄、三蔵までもが驚いたのは言うまでもない。
 それからは、カードは悟浄や悟空、こういったボードゲームなどは僕が教えて、延朱も熱心に勉強までして、こうして僕と対等に競える程に上達していた。
 延朱が知らなかったのは何もゲームだけではない。かたやカラオケから、子供のやるような手遊びといった一切の娯楽でさえ、彼女は辞書の範囲でしか知らなかったのだ。あちらの世界でも特に浮世離れした場所に住んでいたことが伺えた。
 だから延朱は、こちらの世界のことを知ろうと努力している。その努力の仕方がまた馬鹿つくほど真面目で、文字を頭に叩き込む為にまた本を読み漁るほどだ。
 生半可ではない努力の末、悟浄や悟空ですら途中で投げ出すような本を読めるようになった。
 延朱はこうやって、なんでも本気で向き合うのだ。遊びも、悟空とのいたずらも、日々の戦闘も。僕の過去の時もそうだった。
 過去を話した時、拒絶されることしか考えていなかった僕を、過去を、本気で受け止め、受け入れてくれたのだ。それがどれだけ僕の心に響いたことか。
 そんな彼女を僕はいつしか好きになってしまった。遊ぶ事も知らず、馬鹿真面目で、努力家で、ひたむきで、お人好しで、負けず嫌いな貴女を。

「チェックメイトです」
「あーっ!もう、八戒強すぎよ!でも次は勝つんだから」
「かまいませんよ。次勝ったら相手のベッドで添い寝するということにしましょう」
「賭けね、良いわ――ちょっと待って、それ
、私が勝っても負けても、八戒と添い寝確定じゃ、」
「はい次は時間制限ありますからね。どんどんいきましょう」
「〜〜八戒の意地悪」

 顔を赤らめて俯きも、チェス盤からは絶対に目を離さない延朱に、僕は思わず笑った。
 やっぱり延朱は少し変だと思う。
 でも、貴女のせいで僕も変わったんです。
 いつか責任取ってもらわないとですね。





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