――延朱はなんか変だ。
夕飯が終わって、三蔵以外の四人でじゃんけんして部屋割りした後のことだ。俺がババ抜きしようと言ってから初めて二時間は経ったかもしれない。
目の前で、俺が手に持つ二枚のトランプを、三蔵顔負けな眉間のしわを作る延朱を見てぼんやりと思った。
変だってのもおかしいんだけど、やっぱ変としか言えない。
この前こんなことがあった。
俺が宿の花瓶壊して三蔵に怒られて……つか、三蔵の機嫌がマッハで悪い時に限って見つかっちゃってさ。じゃなかったらあんなこと言わないだろうし。
ガキみてぇに宿ン中走り回ってっからだ!直せアホ猿!って言われた。これが冗談じゃなくて本気だったから、俺も思わずぎょっとしたけど、反論すると後がこえーし、つか、マジに殺されかねなかったから言う通りにしたんだ。
壊した俺が言うのもなんだけど、恐ろしく細かく砕け散ったその花瓶を直そうと頑張っては見たんだけど、細かい作業できないからすっごい時間がかかってた。途中で投げ出しそうになった時に後ろから延朱がやってきて、それを見て、手伝ってくれるかと思いきや、一言。
「こんなもの直せるのは神様くらいよ。時間がもったないからやめなさい」
そう言って花瓶を更に粉々にした。この後延朱は三蔵にハリセンで叩かれ、散々怒られてたっけ。
俺でさえびっくりする考えに思わずぽかんとした。
延朱は時たまこうやって突然突拍子もないことをしでかす。
かと思えば。
「あー、今日の晩飯ちょーうめー!!」
「悟空、ほら口元」
「ん、あ、ありがと」
「良いのよ」
なんて、俺のことをすごく気にかけてくれる、まるでねーちゃんみたいな存在だったりする。
かと思えば。
「こっちのカー…ドじゃない!?悟空騙したわね!」
「騙すも何も、俺なんもしてねーケド」
「いつもより全然表情動かさなかったじゃない!悟空のポーカーフェイスになんて負けないんだから!」
ババを抜いた延朱は必死な表情で二枚しかないカードを混ぜながら言った。
普段も何かと勝負してる俺らだけど、延朱は相当な負けず嫌いだ。負ける度に悔しがってるんだけど、たまーに八戒がわざと勝たせてあげたりすると、ものすごい怒る。その姿がまるで妹みたいで。
かと思えば。
「落書きするならもっと派手にやらないと」
俺が酔っ払って爆睡してる悟浄の顔に落書きしてたら一緒に描いてきたりして、まさに悪友に近い親友だったり。
かと思えば。
「悟空、後ろッ!!」
妖怪との戦闘時、前ばっか見てて後ろのこと忘れてた時、延朱が咄嗟にかばってくれる。
「さんきゅっ」
「こちらこそ」
勿論逆の時もあるけど、立派な戦友でもあるわけで。
全部が全部、俺の見てる延朱で。
他の三人よりも付き合いが浅いけど、それでも三蔵たちと同じように、三蔵たちと同じくらい特別なのは確かで。
でも、三蔵たちと同じようでいて、やっぱりちょっと違うのは延朱が女だからかも。
今までこんなに女の人といた事なんかなかったから、全部が新鮮で、全部が大事に思えてくるし、経験したことのないものを教えてくれる。それは俺にとって何よりも特別に思えた。
ぼんやりと考えながら延朱の持つカードを何気なく一枚引くと、俺の持つ手札と同じマークが描かれていた。
「あ、アガりだ」
「……」
「そ、そういう時もあるって」
「悟空、行くわよ」
「は?へ、どこに!?」
「八戒と悟浄の部屋に決まってるでしょう。延長戦に持ち越しよ」
「こんな時間に!?ぜってー八戒に怒られるって!」
「お年寄りとは部屋が別だからまだ起きてるわよ。行かないの?絶対楽しいわよ、色々と」
ニヤリと挑発するように笑って、延朱は俺の前に手を差し出した。
八戒と悟浄が混ざれば、カードでコテンパンにされるのが目に見えてる。それでも行こうというのは、負けず嫌いな性格だけじゃないと思う。みんなで一緒に居たいとか、俺のこのことを考えてるだとか、きっと延朱のことだから考えを巡らせての行動だと思う。
その突拍子のなさに思わず吹き出して延朱の手をとった。断れるわけないし、断る気なんて更々なくって。
「行く行く。あ、三蔵が起きてきたらどうしよ?」
「そうね。絶対怒られるわね。なら先に起こそうかしら」
やっぱり延朱は変だ。
でも、こんな延朱が好きだってことは俺も変だってことじゃん。でも、全然いーや。