シシーは面白い。
 普段は淡々と仕事をするくせに、少しからかっただけで他人にみせたことのない表情をする。僕はそれが嬉しく、楽しくて、ついいじめてしまうのだが、最近は同じような弄り方ばかりしていたせいか、シシーの反応が薄れてきてしまっていた。
 長年付き合っていれば必ず起こる『マンネリ』というものかもしれないが、僕自身としてもあまり嬉しいことではないし、シシーの気持ちが薄れてしまうかもしれない。
 そんな心配と、ほんの少し――否、気持ちの半分以上を占めた好奇心によって僕は行動を開始した。
 まずは第一段階から。キッチンにいるシシーになに食わぬ顔で近付いた。シシーは既に僕の存在に気付いてはいるが、それを見せる素振りはなく、淡々とニンニクをみじん切りにしている。

「ねえシシー、今日の夕飯はなんですか?」
「本日の夕食は渡り蟹とトマトクリームのパスタに、サラダ、オニオンスープでございます」
「やった、今日はパスタですか。僕シシーが作るパスタソース美味しいから、大好きです」

 最後の五文字を強調しながら言うと、シシーはかすかだが包丁の動きを止めた。

「――さようでございますか」

しかしすぐに変わらない動作で仕事に戻ってしまった。一昔前だったら今のでカタカタ震えていたくせ。今一つ面白味のない反応に僕は次の作戦を考えた。今度はもう少し刺激を強くしないと。
 第二段階は夕食の後だった。
 シシーが皿を片付けている時に決行した。「コーヒーをお持ちします」と言って立ち上がったシシーの頬に口付けた。

「ついてたんです、パスタのソース」

 僕はにこりと笑って自分頬を差して言ったのだが、シシーは見向きもせずにその場で硬直している。
 勿論それは、シシーの反応を確かめる嘘だった。以前やった時は、わなわなと震えて顔をトマトのように熟れさせながら半泣きしていた。あの時は可愛かったなあと思い出しながら、今回はどんな反応をするのか眺めているのだが、未だにマネキンのように固まったまま。まさか恥ずかしすぎて気絶したのかと心配になって、声をかけようとした時だ。
 シシーは突然動き出したかとおもえば、僕が瞬きをしている間にで皿やらグラスやらを抱えるとキッチンに逃げるように走っていった。
 照れるどころか、顔さえ見ることができなかった。まさかここまで成長しているとは思いもしなかった。
 第二段階が失敗してしまい、僕は少し意地になっていた。このままではシシーの可愛らしいところがひとつも見れないのではと焦りすら感じていた。こうなったら最終手段しかない。そう思った僕は自室に戻ってクローゼットから紙袋を取り出した。キッチンに行くと、部屋の隅で頭を抱えて座り込んでいるシシーがいた。

「シシー、ちょっと……何してるんですか?」
「ひっ!?いえ、いや、あの、部屋の内角を計算しておりまして!?」
「全く意味がわかりません。とりあえず暇ということですよね」
「な、何かご用なのでしょうか?」
「はい。これ着てください」

 光沢のある黒いショップバッグを見てシシーは訝しげな顔をしている。

「それを着れば、よろしいのですか?でも、」
「言い訳はいりませんよ。はいどうぞこれ持って、はい部屋入って」
「え、や、バーナビー様?」

 シシーを立たせて無理やり歩かせると紙袋と一緒に寝室に押し込んだ。

「着たら教えてくださいね。僕は外にいますから」

 バーナビーは自動ドアが閉まる直前に、おろおろと動揺するシシーの姿を目撃した。
 これがバーナビーの最後の手段だった。あの紙袋に入っているのはショップバッグ以上に光沢のある黒いドレスだった。胸元も開いているし、背中なんて腰のラインも丸見えだ。それを着せて褒め倒す作戦だった。シシーは褒められることに滅法弱い上に、目の前で言えばどこにも逃げることはできない。本当は自分の誕生日パーティーの時に渡して驚かせようとしたのだが、背には腹は返られない。
 一体どうやっていじめてやろうか。やっぱり単刀直入に言うべきか、それとも仕事中に使う甘ったるい言葉を羅列してやろうか。
 にやにやしながら待っていると背後から自動ドアの開く機械音が聞こえた。嬉々として振り返った僕は言葉を失った。
 普段見ることができない細い肩や腕や、深いスリットから見せるしなやかな太股に目が釘付けになった。目がいく場所はそれだけではない。鎖骨や首筋もそうなのだが、何よりも低い身長にそぐわないふくよかな胸に谷間、そこから括れた腰のライン。以前見たライダースーツよりもずっと艶かしくて美しいそれに魅入った僕は大人気なく口をあんぐりとあけてその場で硬直していた。
 シシーは恥ずかしそうに俯いて、上目遣いをしながら僕に呟いた。

「これは、その、一体、何な、」

 動揺しておかしな言葉を羅列するシシーを他所に、僕は思い切り抱きついていた。勝手に体が動いていたのだ。
 これは、反則だ。反則にもほどがある。

「可愛すぎます、似合いすぎです」
「はっ、へ!?」
「どうしてくれるんですか。あんなに考えていた言葉が全部すっ飛んじゃいました」
「い、いいい、意味が、わからっ、」
「綺麗です。――シシー、本当に美しい」

 もっと別の言い方を考えていたはずなのに、出てきたのは安直でありきたりな言葉だけ。悔しさがこみ上がって頬を膨らます僕に気づくことなくシシーは逃げようと身体をよじる。僕はシシー腰に手を回して持ち上げた。横抱きするとシシーの真っ赤になって涙目になっている顔がよく見えた。
 僕の想像を遥かに越えてくるシシーはやはり面白いと思った。

「良かったです、誕生日パーティーの前に見れて。そんな姿を他の男に見せれませんから」
「え、あの、バーナビー、様!?」
「さて他のやつを探しにいきましょうね」




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