この女は、変わっている。
夕飯を終えて部屋割りのじゃんけんに勝った俺と延朱は相部屋になった。
こいつと同じ部屋になっていつも思うことがある。
「――コーヒー」
「どうぞ。ミルクと砂糖は?」
「どっちも」
「はいはい今日はどっちもね」
「――ふん」
いれたばかりのコーヒーを口にして、新しい煙草に火をつけようとライターを取り出した。カチリと音がするのだが、肝心の火が付かない。不発する度につのる苛立ちに眉を寄せて立ち上がった。仕方がないので隣の部屋にいる悟浄に借りに行こうとしたのだ。だが、それを遮るようにして目の前に白い手とライターが現れた。
「換え、持ってないんでしょう?」
延朱がそう言ってライターを差し出してきたのだ。俺はさらに眉を寄せた。煙草なんか吸わないのに、どうしてライターを持っているのか。ふとした疑問を口にする前に、延朱がくすりと笑った。
「何かあった時の為に持ってたのよ」
どうやら俺が考えていたことを察したらしい。延朱はそう言って自分のベッドに座って本を読み始めた。こちらの世界に来て随分と勉強したのか、悟空や悟浄が途中で投げ出してしまいそうな本を手にしていた。
延朱にこうやって何かをしてもらうことは少なくなかった。煙草の残りが切れかかっていたら教えてくれるし、灰皿が一杯になったらいつの間にか取り替えているし、悟空の皿には手前のものをわけたりするし、思い出したらきりがない。
とにかく気が利くのだ。どうしたらそんなところまで気がつくのかと思うほどに。
だが、俺はそういった善意やら施しやらを受けることは嫌いだった。そもそも人と付き合うこと自体、面倒で大嫌いだ。それなのに、こうして延朱に世話をされることは全く気に障ることがない。まるで女版八戒だ。
だからといって八戒にそこまで似ているわけではない。
悟空と一緒にはしゃぐ姿はただのガキだし、悟空と悟浄の喧嘩を止める時は、まるで二人の姉のようだ。怒った時の怖さは八戒に匹敵する。かと思えば時折見せる女のような表情に思わず目を向けてしまう。
見ていて飽きない、一緒にいて苦痛じゃない。
こいつといると、まるでぬるま湯に使っているような心地よさにさえ思えてくる。
こんなことを考えているなんて思わないだろう。そう思っていた俺の前をじっと見ている延朱と目があってぎょっとする。
「どうしたの?そんな顔して」
「――なんでもねぇよ」
「もしかして……三蔵、貴方、」
延朱は、全てを見透かしているような瞳で俺を見つめて言った。思わず恥ずかしくなる。金色の瞳はあの猿にとても良く似ていたが、似て非なるものだった。
恥ずかしいのに、目を背けるのはなぜか悔しくて堪らない俺は睨みつけるように見返すと、次の言葉を待った。
「悟浄にハゲって言われたのが相当堪えたの、ッ!?」
「的外れもいいとこだ馬鹿チワワ!早く寝やがれ!」
なんだか無性に腹が立って思わずハリセンを出して殴りつけてやった。
やっぱりこの女は、変だ。
だが、この女のことを考えている俺もやはり、どうかしてる。