第二幕
欠片‐fragment



「三蔵ぉッ!!さんぞ……」
「動かしちゃ駄目です悟空!!」

 動揺して三蔵に駆け寄る悟空とは対照的に、延朱はその場を動けないでいた。
 自分のせいで、また大切な人が傷ついた。――劉のように。

「ざまァみやがれ!妖怪ごときに加担しやがる奴は人間だろうと死んじまうがいい!!」

 狂ったように笑い続ける六道の声が頭の中で何度もこだました。

「――おい、悟空?」
「悟空、しっかりしてください――!!」

 三蔵の横で悟空が突然胸元を握りしめて苦しみ出した。息が荒く、瞳の焦点が定まらず、八戒と悟浄の声は届いていない。

「妖力制御装置が……!?」

 ピシリと、悟空の頭についていた金姑に亀裂が入るのを八戒は見逃さなかった。

「駄目です悟浄、延朱も、離れて――延朱?」

 八戒が延朱の肩を掴んで悟空から離そうとしたが、延朱は立ち上がって悟空を睨み付けた。
 延朱の目の前には、また赤い目をした自分が立っていたのだった。

「目覚めようとしているね」

「また、貴方……」

 二人だけの暗闇は、雨音も周りの声すらも飲み込んでしまっていた。

「早く僕と変わらないと大変な事になるよ」
「またそれ?私は貴方に手伝ってもらう義理も、そんなつもりもないわよ!」
「別にそれでも良いんだけどね……でも今回は絶対に僕を頼るよ。まあ、その時は呼んでよ」

 チリと頭の奥が焼ける痛みがしたかと思うと、悟空の姿が浮かび上がった。それはまだ悟空が少しだけ幼い時の記憶。一瞬にして人間を切り刻み、落ちている人の頭を鷲掴みにして無邪気に笑っている姿を。そして悟空の本当の名を。
 パキンという音が聞こえ我に帰ると、悟空の金姑が割れて落ちていた。悟空が声にならない悲鳴をあげた。
 金姑の外れた瞬間、今までに感じたことのない膨大な妖気が身体を打ちつけた。八戒は自分の額から汗が流れるのすら気付かない程に、悟空の妖気に圧倒されていた。

「――あれが、『妖力制御』の封印から解き放たれた生来の姿……」
「斉天、大聖……」

 悟空の名。大昔岩から生まれたとされる異端児の名。気付けば延朱は無意識のうちに口にしていた。

「ハハッそれが貴様の真の姿か!!やはり化け物は貴様らの様だな!!!」

 息の整った悟空がフラリと立ち上がったかと思うと、目にも止まらぬ速さで六道の頭を地面にたたきつけた。
 拘束を解く為、六道は悟空の腕を掴んで札の力を使った。しかしなぜか効かず、それどころか悟空は楽しそうに笑った。
 あまりにも冷たく心がないその笑顔を見て、一同背中に寒気が襲った。
 六道はその場を切り抜けようと、悟空の鳩尾へ蹴りをいれたが、その攻撃すら軽くあしらわれてしまう。

「くそっ……!!」

 六道は妖怪退治用の札を懐から出して投げつけた。しかし、その札も悟空に当たる前で焼け落ちてしまった。

「札を焼き切る程の妖力を放っていると……!?」

 驚く六道に、悟空は瞬時に近付いて頭を抑えて六道の巨体を倒した。そして倒れこんだ六道に、執拗なまでの暴力を振るい始めた。その顔は、まるで楽しそうに玩具で遊ぶような笑顔が浮かんでいた。

「……マジかよ」
「感心してる場合じゃないですよ」

 八戒は三蔵を雨ざらしにならない場所へと移動させた。

「まだ息はあるんです!雨に体温を奪われてる、出血だけでも止めなきゃ……!!」
「どうするんだ?」
「気孔で傷口を塞ぎます。急所は外してるだけまだマシかも……」

 八戒は三蔵の傷口な手をあてて気功を放つ。傷口はみるみるうちにふさがってはゆくものの、三蔵の顔色は変わらない。

「八戒、三蔵をお願いね」
「延朱!?」
「止めなきゃ、悟空を」

 フラリと悟空の元へ近づく延朱を悟浄が制止した。

「待てよ!悟空止めるって、どーすりゃいいんだよ!?」

「わからないわよ!けど、今のままじゃダメなの……このままじゃ、自分の妖力を抑えられずに暴走し続けてしまうわ!!」

 延朱の必死な姿に、八戒は不安を覚えた。

「延朱、何をするつもりですか?」
「……」

 応えない延朱の後ろから、凄まじい光が辺りを包んだ。
 六道の身につけていた数珠だった。何かの力が発動したのか、悟空は頭を抱えてフラリと足をもたつかせる。その瞬間を見計らって、六道は術を唱える。風が巻き起こったかと思うと、既に六道の姿は消えていた。

「逃げやがった……!?」
「逃げはせん!!覚えていろ、必ずや戻ってくる!その時は貴様らを……貴様ら妖怪全てをこの呪符の肥やしにしてくれるわ!!」

 六道の声が聞こえなくなると、雨音が辺りを包んだ。雨に打たれながら棒立ちしている悟空に、悟浄は恐る恐る近付いた。

「悟空!おい、大丈夫か?ご、」
「駄目悟浄!」

 悟空の肩に触れようと悟浄が手を上げた瞬間だった。その腕を悟空が握ったかと思うと、凄まじい力で悟浄を投げ飛ばしていた。

「いっっ……ったくねぇ?」

 壁に激突したはずが、そこまで痛みを感じないと悟浄が振り向くと延朱が悟浄を庇って壁に寄りかかっていた。

「……っ、がはッ」
「延朱、おい延朱!!何庇ってんだよ!」
「私は大丈夫だ、から……」
「どう見ても大丈夫じゃねーだろ!」

 悟浄の体重が延朱のにのしかかったせいで熱い痛みが体中に走った。こんな延朱の姿を見ても、悟空は何も言わずに見ているだけだった。

「クソッ!どうしようもねェのかよ!?」

 水を含んだ土をゆっくりと踏みしめる音が近づいてきた。

(ごじょ、ダメ……行っては駄目)

 口を動かしているはずなのに悟浄には聞こえなかった。手を伸ばしたはずなのに、動かした手はピクリともしない。酷い痛みのせいか目の前が霞む。
 自分がなんとかしなければいけない。それなのに身体が動かない。怒りと焦りが頭の中でぐちゃぐちゃに絡まり合う中、聞こえたのは自分の声だった。






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