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『――ズラースチェ、ヒーロー』

 ボイスレコーダーを持ったアニエスを中心にヒーローたちはトレーニングルームに集まっていた。
 ボイスレコーダーからは銀行強盗の事件以降、数ヶ月の間に事件に介入してきた謎の声が録音されていた。

「この声って、例の人だよね?」
「そうよドラゴンキッド。これはロックバイソンのマイクで拾ったモノだけど。ワタシたちディレクターにはこの声が聞こえたことはないからね」

 声の主はいつもヒーローたちにだけ聞こえるように、無線か何かで指示をしてきていた。その声は事件が起こる度に首を突っ込んでくるわけではなく、本当にピンチの時にだけしか聞こえてくる事はないのだ。
 ボイスレコーダーから流れてくる老若男女全てを合わせた声にキースは首を傾げるばかりだった。

「それにしても、この声の主は一体何を考えてわたしたちを助けてるんだろう」
「わからないわ。だけどこの声が聞こえた時の視聴率の方はすごく伸びてはいるんだけど……」

 そう言いながらボイスレコーダーを停止させたアニエスの顔は暗い。たまらずにカリーナが訊いた。

「視聴率が良いのがなんか問題があるんですか?」
「そっちはなんの問題もないの。でもね、事件解決がヤラセに見えるって視聴者からの声があるのよ」

「その声が介入してきた時だけね」アニエスは頭を抱えながら再びため息をついた。
 虎徹はヤラセという言葉に反応すると青筋を立てて怒鳴る。

「ヤラセな訳ないだろ!?」
「そんなの十分わかってるわよ。でもあの声を頼りにして動いている貴方たちを見ると、完璧すぎるのよね。だから視聴者の声もわからなくはないのよ」

 プロデューサーであるアニエスたちにもヤラセのような違和感があるのだ。それはヒーローTVを見ている一般人にもそう見えてしまうのは仕方がない。

「まあアニエスの言う事もわかるのよネ。聞いてるこっちも全部知ってるみたいな話し方だし」
「じゃあそいつの指図を受けなきゃ良いんじゃねえのか?」

 ナイスアイデアとばかりに指を鳴らしたアントニオだったが、すぐにアニエスに一蹴された。

「それはそれ。無視して視聴率下がったらどうすんのよ」
「指示を無視したり刃向かったりしたら、牙を向いてくる可能性もあるじゃないですか。もう少し様子見で良いんじゃないでしょうか?」
「ダメよ!」

 バーナビーの発言にアニエスは顔を近付けながら怒鳴りつけた。その間に入りながら虎徹が訊いた。

「じゃ、じゃあアニエスさんはどうお考えなのでしょうか」
「それが今日の本題よ。そいつを捕まえて欲しいの」
「捕まえるって、その後どうすんだよ」
「決まってんでしょう!? 仲間にするのよ」
「「仲間!?」」

 予想外の答えに、全員同時に声をあげた。

「仲間じゃなくても、取り入るだけでも良いのよ。少なくとも一回くらいは顔を拝んでおきたいの。その時に味方につければいいのよ」
「じゃあそいつが良いって言ったら、俺らみたくヒーローになるってのか?」
「そ。もうヒーロー名も大体決まっているわ」
「何々?」
「それはヒミツ」

アニエスはポケットから耳にかける小さな端末を人数分取り出しながら言った。

「それで、まずはあなたたちにこれを持ってもらうわ。逆探知機よ。そいつから連絡が入ってきた時に押すと相手の場所が特定できるようになるわ。ただし、逆探知に時間がかかるから最低でも三十秒話し続けなさい」
「三十秒も!?」
「それは難しいな」
「良いこと? 八百長なんて言われ続けたら、会社の存続だけじゃなくてあなたたちヒーローもこのままじゃすまないのよ。わかってるんでしょうね!?」
「あ、ああ」

 ものすごい剣幕で虎徹を睨みつけたかと思うと、にっこりと微笑んだアニエスは手を振りながら扉に向かって歩き出す。

「そういう事だから、みんなもっとやる気だして頑張ってね!」

 ヒーローたちの返事も待たずにアニエスは外に出ていってしまった。

「相っ変わらず無茶な事言い出すなあ」
「捕まえるって、姿もわかんないのにどうやって捕まえるのよ!」
「しかも仲間にって、アニエスさん何考えてんだろ?」
「まあ十中八九視聴率の事だと思いますけどね」
「仲間にしてナビさせるとか……?」
「んなワケねーだろ折紙」
「ですよね」
「とりあえずこれは今日から毎日付けておく事にしよう。次に声が聞こえてきたらみんなで力を合わせて見つけだせば良い!」
「それが良いわネ」
「さすがキングオブヒーロー!」

 皆に褒められて嬉しそうなキースを横目に虎徹は帽子をヒラヒラと振りながら出口へと向かった。

「それじゃあ今日は解散だな。お疲れさん」
「どこ行くんですかおじさん」
「なんか今朝ロイズさんに呼ばれたから行ってくるわ」
「また物でも壊したんですか?」
「またじゃねーし! お前はどうすんだ? トレーニングしてく?」
「いえ、少し調べたい物があるので今日は」
「そっか。早く帰れよー」
「おじさんに言われなくても帰りますよ」
「愛しのシシーちゃんが待ってるも、」
「殴っても良いですか」
「キャーバニーちゃんが怒ったこわーい!」

 虎徹は怒るバーナビーを尻目に「また明日な」と手を振って出て行ったのだった。



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「有給休暇?」

 パッチンという音が部屋に響いた。ロイズは爪きりから目線を外さないまま頷いて言った。

「だいぶたまってるでしょう? 良い機会だし明日から二、三日ゆっくりしなさい」

 呼び出したのはこの為かと虎徹は思いながら頭をかいた。

「いやでも、ヒーローが休むわけには……」
「困るんだよねえ。労働法違反だってマスコミに叩かれでもしたら」

 爪を切る手の下にはティッシュが敷かれていた。爪受けがついている爪切りをつかっているのに、落ちてしまった爪が散らばらないようにとの配慮だった。それほどにロイズはとても几帳面なのだ。私生活にも然り、勿論仕事にもだ。

「俺、平気ですから!」
「嫌なら、辞めてもらっても構わないんですよ」

 ロイズは眉をしかめながら爪きりからようやく目を離して言った。虎徹を黙らせる常套句だ。これをいわれてしまうと虎徹は「はい」と答えることしかできないのだ。だが、さすがにヒーローという仕事を休むわけにはいかないと、珍しく虎徹は食い下がることなく言った。

「でも万が一って時に俺がいないと――」
「ああ、大丈夫大丈夫」

 綺麗に切りそろえられた指先が虎徹の後ろを差した。そこには爽やかに笑っている好青年に見える相棒のポスターが貼られていた。
 ロイズの言わんとしている事に気付いた虎徹は複雑な気持ちで笑った。

「ランキング二位のバーナビー様がいますもんね」

 ロイズは何も言わずに満足そうに笑って頷いたのだった。
 こうして虎徹は久しぶりの休暇を貰うことになったのだった。



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