140 | ナノ




「忘れ物はないですか」
「うん」
「持てるだけ持ちましたか」
「うん」
「途中で失くしたら駄目ですよ」
「分かってる」
「ちゃんと最後まで持っていてください」
「…うん」
「…忘れ物は、ないんですね」
「うん。ないよ。大丈夫だよ」
「…じゃあ、いってらっしゃい、勇者さん」

「うん。さようなら、ロス」

朝起きたら頬が濡れていた。枕までびっしょりだった。ぐい、と袖口で雫を拭った。とてもかなしい夢を見た。ぼう、と夢を思い出す。
彼はどんな顔をしていただろうか。仕方ないなと微笑んでいたような、寂しそうにしていたような。分からないけれど、きっとボクには彼の顔は見えていなかったのだと思う。

「おはようございます、勇者さん」

ぎい、と扉が開く音がした。目を向けると、大量の書物を抱えた家庭教師がいた。彼は当たり前のようにひとつしかない椅子に座る。ちらりとこちらを見た赤い目に、夢の中の彼が重なった。

「おはよう、シオン」

確かにボクの戦士だった"ロス"は、もうどこにもいない。

【忘れられたくない"ロス"の話】

131012








「たこ焼き食べたい!」
「唐突だね…」
「あつあつのたこ焼きほふほふしたい!」
「ボクはたこ焼きよりお好み焼きの方が好きかなあ」
「アルバさん外道!」
「え、なんで罵られたの!?」
「……」
「ロスは?どっちが好き?」
「食べたことないです」
「へ?」
「タコヤキってなんですか?タコ焼くんですか?」

「あながち間違いじゃないけど」
「オコノミヤキとか何を焼くんですか?勇者さんですか?ユウシャヤキですか?」
「なんでだよ!」
「お好み焼きって何でも入れられるからアルバさんも焼いていいんじゃない?」
「ルキちゃん!?」
「よし、焼くか」
「冗談はさておき、ロスさんほんとに食べたことないの?」

「ないな。千年前にはなかったし」
「そっかあ。じゃあたこ焼き食べるか!」
「お好み焼きもね!」
「じゃあタコとか粉とか買ってこないと」
「私、お好み焼きにお餅入れたい!」
「ソースとかも必要だね」
「…どこ行くんですか」
「どこって…」
「食べるんだろ、たこ焼きとお好み焼き」
「行こ、ロスさん!」

【ふぉろわさんからたこ焼きってリクエストもらったのでたこ焼き食べるろすあるきちゃん でも食べるまで至らなかった】

131014








いつか、ぽつりとひとつ浮かぶ星を見ながら、お前みたいだな、とあの人は言った。意味を尋ねることはしなかった。無意味だと分かっていたからである。
意味も分からず、彼が指差した星を見た。果てなく続く深い紺の空に、ぽかりとひとつ、光。
あれのどこがオレなのだと、光から目を逸らして鼻で笑った。

「あ!あの星!お前みたいだな」
「…あんた、前に言ってたことと違うじゃないですか」
「そうだっけ?」
「ああ、すみません。脳ミソ空っぽなんでしたね」
「お前のお陰で順調に脳ミソの容量増えていってるよ」
「…で、どれがオレなんですか」
「あれだよ。あの、いくつか集まった星の真ん中の、赤いやつ」

彼が以前星空を指した時。それは間違いなくぽつりとひとつ浮かぶ星であったはずだ。何せそれを言われてから星を見るようになった。
だが、しかし。今度はどうだ。いくつか集まった星の真ん中の、赤いやつ。星を見て、彼を見た。彼はしたり顔で笑っていた。ああ、なるほど。

「もうひとりじゃないもんな」

よくよく見れば、きっと。あの頃の彼が指した星も、ひとつじゃなかったのだろう。寄り添うように、共に光るように。目には見えないどこかで、傍にあった。ただ、赤い星が。目に見えるたくさんの光に囲まれているというだけで。

「勇者さんのくせに生意気です」

きっといつだってひとりじゃなかったのだ。

131015








夜になると目が冴える。染み付いた習性なのか、体質か。あの頃は夜の静けさにも休まることがなかった。
ううん、と声がした。寝返りを打つ音。穏やかな呼吸音。平和な寝言。笑ってしまう。あの頃とは違うのだ。言い聞かせて、目を閉じる。
隣に誰かがいる安心感に身を任せて、夢の世界へと落ちていく。

【お題@ふぉろわさん『ロスさんの眠気』】

131016








勇者さん、勇者さん。オレ、父親の顔が思い出せないんです。どんな顔をしていて、どんな風にオレを見ていて、どんな声でオレを呼んでいたのか。思い出せないんです。分からないんです。
あんなに憎んで憎んで、それでも捨てきれなかったのに。オレの記憶はあっさりあいつを捨てたんです。ねえ勇者さん。

大丈夫、大丈夫だよ。お前はあの人のことを捨ててなんかいないだろう。ずっと思い続けただろう。愛していただろう。大切だっただろう。
思い出せないなんてことはないよ。目を閉じて、考えればいい。あの人のこと。大丈夫、すぐに思い出せるよ。だってお前とあの人はずっと一緒に生きていたじゃないか。

ぽろぽろと、まるで涙のように、滔々と、ただ静かに。彼の口から零れ落ちるそれは、あまりにも美しくてかなしかった。彼は不器用に笑う。迷子の子供が強がっているようだった。
だからボクは、彼が落としたものを拾うことにした。拾い上げて、彼に返すのだ。大丈夫だよ、と。魔法の言葉を囁きながら。

121016








一冊の本を抱き締めて、ボクはぼんやりと本棚を見つめていた。高い高い本棚の、一番上。見えるはずのないそこを見つめて、ボクは空想する。
あそこには何があるのだろう、どんな物語があるのだろう。腕の中には、千年前の勇者の物語。この物語の続きもそこにあるのだろうか。ボクはひたすらに空想する。

本を落とさないように、大事に大事に抱え込んで。ボクは届くはずのない本棚に手を伸ばした。いつまでもいつまでも手を伸ばした。
年を重ねて、背が伸びて、寝物語が必要じゃなくなっても。手を伸ばした。そうしていつしか、触れる。

――あの日のボクがあんなに高く感じた本棚は、実に小さなものだった。

【お題@ふぉろわさん『届かない本棚』】

131017








回って巡ってくるくる回って。何度も辿った、君の幸せのための道。くるくる回って見た君はいつだって悲しそうな顔。
どうしてそんな顔をするんだよ。貴方が馬鹿だからですよ。
回って巡ってくるくるくる。さてさて、ゴールはどこにある?

「ゴールはここですよ。おかえりなさい」

ああ、結局こうなるのか。

【しおんさんのハッピーエンドを求めて何度も巡るあるばさんとそんなあるばさんを捕まえてしまったしおんさんの話。めでたしに限りなく近いなにか。】

131017








甘い物が好き。特にキャラメルポップコーン。アイスクリームはもっと好き。
パパとママが好き。リンちゃんも好き。家族が大好き。
あたたかい人が好き。誰よりも優しい人が好き。
クレアさんが好き。ロスさんが好き。アルバさんが好き。三人が大好き。

好きなものに囲まれて。ああ、私はなんて幸せ者なの!








画用紙に一本、長い線を引いた。その端っこにボクを描いた。線の上をたくさんの人が歩く。花が咲き、猫が鳴く。
線の真ん中辺りに赤をひとつ落とした。赤を境にして線は曲がり始めた。それでも途切れることなく続いていた。
ボクは線の反対側に辿り着いて、振り返る。

そこには、ボクの生きた道があった。








きっとね。オレは、シーたんと一緒にいるために生まれてきたんだと思うんだ。変な意味じゃなくてね。
オレはシーたんと出会わなければこんなに楽しいことも、生きる喜びも、何も知らずに生きてきた。世界を見ることもなかった。シーたんの命を拾うこともなかったよ。

だからね、シーたん。ありがとう。








なあ。お前は幸せになれるんだぞ。
本来ならば生きることのなかった時代で、本来ならば取り戻せなかった友と共に、本来ならば得ることのなかった幸せを得る。幸せになるんだ。
どうだ、生きる気力が湧いてきたか。お前は生きなきゃいけないんだ。

だからほら、そんなところで泣いてないで、立ち上がれよ。

【ほんのりしあわせ風味】

131019








「ああああもおおお!!無理!むりむり!!こんなの分かんない!!難しすぎぶへっ」
「煩い。黙ってやれ」
「うう…、だって…こんな小難しいこと分かんないよ…」
「脳ミソ入ってないですもんね」
「…ひ、否定できない…」
「…頑張ってくださいよ。やればできるんでしょう、勇者さん」
「ううう…!」

「…そうですね。今日中にこの課題が終わったら、次に来るときにあなたが好きなものを買ってきてあげます」
「え?ほんとに!?」
「はい。だからさっさと集中してください。分からないことがあったらちゃんと聞くこと。分かるまで教えてあげますから」
「その点は心配してないよ。お前教えるの上手いし」

「…教えるのが上手い、ですか」
「うん。旅してる時も思ってたけど。要点だけ絞って教えてくれるし。例えとか使って覚えやすいようにしてくれるし。ボクが分かってないことにもすぐ気付いてくれるし」
「…はあ」
「お前、案外先生とか向いてるのかもな!」
「…せんせい、」
「よろしく、シオン先生!」

【ということで勉強を諦めたわたしは明日の試験を気合いで乗り切ることにします】

131019








綺麗な景色。海と空が交わり、果てしない青に収束していく。すごい、思わず声が漏れた。この感動を分かち合おうと、振り返り。口を閉じた。
憎まれ口を叩きながら、それでも美しい景色を前にそっと口角を上げていた彼は、そこにはいなかった。唇を噛み、顔を上げる。

青の収束地点には、きっと彼がいる。

131019








寒い。
寒いねえ。
ちょっと勇者さん、もっと詰めてください。
これ以上どう詰めろって言うんだよ!
ううう、ロスさんもアルバさんも暴れないでよおお。
わわ、ごめんね、ルキ!大丈夫?
勇者さんが暴れるからー。
元を辿ればお前のせいだからな!
もう!じっとしててよ!寒いんだから!!
…ごめん。
…すまん。

【こたつでもマフラーでもおしくらまんじゅうでも ご自由に妄想ください 寒いからろすあるきちゃんぎゅっぎゅしてなよ】

131020








指先に魔法を掛けた。言葉を綴るための魔法。想いを伝えるための魔法。震える手で魔法を使った。
紙面を埋めるのはボクの使った魔法たちだ。見慣れてきたはずのそれは、どうにも不格好で。涙が出た。笑った。
丁寧に紙を折った。引き出しに閉じ込めた。

ボクが指先に掛けたのは、さよならの魔法だった。

131021








「なんでわかってくれないの」

あいつの背中だけを追っていた。幼い頃から見慣れた、オレよりも少しだけ大きな背中。視界に入るのはあいつの背中だけだった。取り戻したかった。返して欲しかった。
ただただそれだけだった。他のものなんてどうでもよかったんだ。
だからオレは"勇者"なんかじゃない。なんでわかってくれないんだよ。

「なんで僕じゃないんだよ」

あいつの過去を見た。苦しみや悲しみや葛藤や、ふとした拍子に見せるどこか遠くを見るような目の意味も。全てすべて分かってしまった。
今も彼は苦しんでいる。長い間、薄氷のような希望に縋り付いて。割れた氷で血を流して。そうやって彼は生きているのか。
ああ、どうして。なんでボクじゃないんだよ。

【お題:http://t.co/Yl92dNAbP9】

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