140 | ナノ




大人になったら何になりたい。母さんが問い掛ける。小さなボクは大きな目をきらきらさせて、勇者!と答えた。
母さんは楽しそうに笑って、じゃあ頑張らなきゃね、と言った。ボクはそれに頷いて、腕の中に抱き締めた絵本を、もっと強く抱き締めるのだ。
早く、早く大人になって。ボクは勇者になるんだ。

小さなボクは意気揚々と駆け出した。駆け出した一歩目で転ぶ。目に涙を浮かべて、前を見た。立ち上がる。
そうしてボクはもう一度駆け出す。今度は三歩で転んだ。擦り剥いた膝から血が流れた。立ち上がり、駆け出す。
今度は十歩。泥だらけで色んなところから血を流しながら、ボクは前だけを見ていた。

ボクはいつの間にか大人になっていた。
泥だらけで血塗れで、格好悪いことこの上ない。それでもボクは大人になった。
転んでも、もう泣くことはなかった。痛みを堪える術を身に付けた。素早く立ち上がる方法も知った。
走って、転んで、また走って。ボクは大人になったのだ。ボクは勇者になれただろうか。

ずっと遠くの方で、あの時の絵本を抱えたボクが、じっとこちらを見ていた。ボクは勇者になれたかな。小さなボクはにっこりと笑って、大きく頷いてくれた。
それがどうしようもなく嬉しくて、忘れたと思っていた涙が流れた。泥だらけの腕でそれを拭う。そうしてボクは、遠くのボクに届くように、叫ぶ。

大人になったら何になりたい。どんなボクになりたい。大人になったときのボクは、どんなボクであってほしい。
小さなボクは絵本から手を離して、両手を口元に添えた。ボクと同じように、叫ぶ。

ボクは、ボクみたいな勇者になりたい!小さなボクは手を振った。

ボクは前を向く。ボクは、大人になったのだ。

20140429








勇者さんから芽が生えた。オレはそれを引っこ抜いた。次の日も、また次の日も勇者さんからは芽が生えた。その度に引っこ抜いた。
どうして抜くんだ、勇者さんは問い掛ける。あなたに芽なんか必要ないからです。答えながら芽を抜いた。
ある日、勇者さんに花が咲いた。オレは花を折ることはできなかった。

花が咲いてしまったら、もう彼は逃げられないじゃないか。

20140501








腹減った?もうそんな時間ですか。ほら、邪魔だから向こうに行っててください。
ルキ、先に風呂に入ってこい。ちゃんと肩まで浸かるんだぞ。
勇者さんはその汚い服脱いでその辺に置いといてください。後で洗濯しますから。
手伝うこと?ありませんよ、邪魔だって言ってるでしょう。

…何笑ってんだクレア。

20140505








欲しいもの?何ですか急に。別にありませんよ。特に困ったこともないです。
何かしてほしいこと?じゃあ喋ってないでさっさと課題終わらせてください。あとオレ、カレーが食べたいです。デザートはクリームあんみつで。
は?そういうことじゃない?だから欲しいものなんて無いって…、ああ、そうですね。

強いて言うなら帰る家が欲しいです。小さくていいんですけど。帰ったらおかえり、って迎えてくれる人がいて、夕飯にカレーが用意されてて。
今日は何があった、明日は何をしようか。そんな話をして、風呂に入って、ベッドで眠るんです。朝は朝食の匂いで起きるとかどうですか。ああ、腹が減りましたね。

身支度を済ませて、家を出るとき。いってらっしゃい、って言ってくれたら幸せかもしれませんね。
帰る家があるんだって、帰っていいんだって思えることは、とても幸福なことですよ。
…聞いてるんですか?あんたが聞いたんでしょう、人の話くらい…、…何泣いてんですか気持ち悪い近付かないでください。

…馬鹿だ馬鹿だとは思ってましたけど、あんた本当に真性の馬鹿ですね。
見てくださいよ、あんたの馬鹿が伝染したからルキとクレアまで変なことを。どうしてくれるんですか。
…でもまあ、くれるって言うなら貰いますよ。オレの帰る場所、ここにしていいんですよね?

……ええい暑い!三人とも離れろっ!!

【ロスさんのツンデレ目指して書いてたけどツン要素が一切出てこなかった】

20140505








おいしいものを食べようか。
甘くてふわふわなショートケーキ。冷たいアイスクリーム。卵がとろけるオムライス。ぱくりと一口ホットドッグ。
味わっては一度目を閉じて、舌に頭に心に刻み付けるのだ。おいしいなあ。じわりと染み込むしあわせの味。残念だ。こんなにおいしいのに、もう二度と味わえない。

あんなにあんなにおいしそうにしあわせそうにさびしそうに食事をする人を見たことがなかった。一緒に食事をするのが楽しかった。
食べ物を盗られても、まあいいか、と思えた。嘘じゃない。だって、本当にしあわせそうだったから。本当にしあわせそうだったのに。
しあわせそうに笑っていたのに。ねえ。

20140507








ごぼり、と嫌な音が自分の喉の奥から漏れた。何度か経験がある。ごほ、と咳き込むと同時に溢れるのは鮮血。
じくじくと貫かれた胸から痛みが広がって、痛みは熱となって全身に渡る。ああ、痛いな。そんなことを思ったのは、痛みを認識してからどれくらい後だっただろう。
目の前で、男が不器用に笑った。

お前、そんな笑い方するくらいなら最初からやるなよ。痛いんだぞ。
軽快にツッコミを入れようにも、口から出るのは血と咳ばかりだ。ごほ、ごほ、と喉に絡まった血を外へと吐き出す。
ごほ、ごほ、ごぼり。流れ落ちる血を無感情な目が追った。胸を貫いた腕がずるりと抜ける。噴き出す血に、思わず笑った。

死ぬかもしれないなあ。ふと思った。憶えがある。目の前が真っ暗になって、身体が冷えて、息が止まる。あのときもそのときも、意識が落ちるのは一瞬だった。
あのときも、そのときも。ボクは一体どれだけの絶望を味わわせてしまったのだろうか。
自分の内で燃え上がる魔力。それは、彼の絶望だろう。

ごめん。言葉にはならなかった。お前、辛かったんだなあ。苦しかったんだなあ。何度も何度も、本当にごめん。何だか涙が出そうだった。
魔力は膨れ上がる。耳に、小さな小さな声が届いた。ゆうしゃさん。ボクを呼ぶ声だ。燃える、燃え上がる、青い炎。
勇者さん。呼ぶ声から力が抜ける。ごめんな、ロス。

でも、安心しろ。お前には酷い話かもしれないけど。ボクの傷を、お前が悲しみ苦しんでくれるのならば。

「ボクが誰かに傷付けられることは、二度とない」

燃えて、燃えた、炎を。力に変えた。ボクの一番得意な回復魔法。それから生成魔法。傷を塞いで、血を作る。溢れる魔力では、それでもお釣りが来る。

「だから、絶望なんかするな」

強化魔法。身体と武器を、魔力で包み込む。解除魔法。相棒の拘束を解いてやる。防御魔法を自由になった相棒に。
そうして、それでも尚余りある魔力を、攻撃魔法に全置換。

「残念だったなエルフ」

悪役さながらに、ボクはにやりと笑った。鼻先に立つ男が口端を吊り上げる。

「ボクを想ってくれる仲間がいる限り、ボクはお前には負けない」

短剣を構え、相棒の隣に立つ。俯く相棒の顔は見えない。

「なんてったって、ボクは勇者だか」

横っ面を張っ倒された。鼻先にいたはずの男が眼下に見える。あれ?突然のことにパニックを起こした頭が、同じく眼下に立つ相棒の顔を認識した。

「ぐだぐだぐだぐだ煩いんですよこの雑魚。何回人の目の前で死ねば気が済むんですか。他殺願望でもあるんですか殺されたいんですか何なんですか死ぬのが趣味なんですかさすがのマゾヒストですね牢屋にぶち込まれるのが快感なんですもんねここにルキがいなくてよかったですね教育に悪いんだよこの雑魚」

あ、ボク死んだ。今度こそ確実に死んだわ。ボクの内側では煌々と魔力が燃え続けている。その魔力を欠片も残さず吸収されているのが分かった。
犯人はもちろん。そんなこと出来るのなんて一人しかいない。

「さあて、どっちから死にたい?」

伝説の勇者は、それはそれは美しく微笑んで。赤い目を濁らせた。

【あるばさんはそろそろろすさんとるきたんに怒られてギリギリ死なない攻撃をされた後に全力で泣かれた方がいいと思うよ】

20140525








その日も雨が降っていた。雨粒は容赦無く降り注ぎ、底を尽きかけた体力を根こそぎ奪っていく。立ち上がれなかった。
もう嫌だ、小さく落とした言葉ですら、雨音に掻き消されて消える。このまま目を閉じてしまおうか。
雨に滲む、自分から流れ出した赤を見て。もういいかな、瞼の裏の親友に問い掛けた。

もういいよ、声がした。もう頑張らなくていいよ、もう目を閉じてもいいよ。声がした。
温もりが全身を包んで、あんなに冷たくなっていた身体に熱が灯ったのが分かった。もういいよ、もう一度、声。
雨音に掻き消されることなく、凛と響いたその声は、どこまでも優しくて。もういいのか、と。目を閉じて。

「あ、起きた?」
「今日もひどい雨だよ、ロスさん」
「またここで一泊かー!」
「そろそろ飽きてきたね」
「…おーい、ロス。お前本当に起きてる?」

目を開けると、くすくすと笑う子どもがふたり。

「まだ寝ててもいいよ」

そう告げる声は、どこまでも優しくて。雨音に紛れることなく、するりと耳に届いた。

「いいよ。あとはボクに任せて」

お前は休んでていいよ。続く言葉に、目を見張る。そうしてようやく合点が行くのだ。やわらかく微笑む目の前の勇者に。手を握る小さな魔王の温もりに。
あの雨の日の、優しい声と、全身を包んだ熱を思い出した。

「ありがとう、ございます」

あの時から、救われていたのだ。

20140608








「あれ、」

朝起きたら、目の前に知らない人がいた。いや、正確には知っている人である。ただ、その姿があまりにも眠る前と違っていて。

「あ、ルキ。起きた?」

背負った大剣は出会った当初のような長剣に変わり、目には光が宿って。何より。

「…やめたの?」

首元を覆っていた赤いスカーフが消えていた。

彼は困ったように笑う。何をやめたのか、なんて。言葉にしなくても伝わったようだった。その笑顔が、もうずっと見ていなかったものだったから。

「ロスさんの真似しようなんて千年早いんだよ!ばかっ!」

腰に抱きついて、頭を撫でる傷だらけの手に擦り寄って。泣いてしまうのは、仕方のないことなのだ。

【ひあるばさんのお話の続き的な感じで】

20140615











人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -