140 | ナノ




ざらり、瓶の中の錠剤が揺れる。蓋を開け、瓶を振る。手の中に零れ落ちる白い粒。ぼう、とそれを眺めた。
先程も同じだけ飲んだというのに、ちっとも効きやしない。舌打ちして、手の中に乗った錠剤を一気に呷った。
噛み砕き、嚥下する。満たされるような気がした。頭が揺れる。全部夢だったらいいのに。

とうとう見つかってしまった。勇者さんは青い顔をしてオレから瓶を取り上げた。ああ、上手くやっていたのに。
勇者さんの手から瓶を取り返そうとして逃げられる。彼はあろうことか、瓶を窓から放り投げてしまった。
ぱりん、窓の外から聞こえる音。血の気が引いた。あれがないと。息が苦しい。目が回る。

大丈夫か、尋常ではないオレの姿に勇者さんが駆け寄ってくる。近寄るな、精一杯声を張ったのにも関わらず、彼はオレに触れようとする。
さわるな、もうほとんど声は出ない。彼の手が、オレに、触れる。意識が飛ぶ。

我に返ったとき、オレの手の中には、彼の細い首が収まっていた。せんし、オレを呼ぶ声。

手を離す。彼から距離を取る。荷物を漁って、瓶を取り出す。予備がどこかに。この間買い込んだはずだ。
どこだ、どこだ。咳き込む声が背後から聞こえる。ざらり、揺れる音。取り出して、蓋を開ける。
ざらざら。手から溢れる白い錠剤。口に含んで、飲み込んだ。

ごめんなさい。そうして意識が落ちていく。

20131208








なに大人ぶってんですか。オレの前でそんなに格好付けたって意味なんかないです。
オレはあんたの弱いところも情けないところも全部知ってます。今更格好付けられたって気持ち悪いだけです。
あんたはいつまでもあんたのままでいればいいでしょう。小さくて弱いあんたがいたって別に誰も怒らないですよ。

二人で旅を始めて、お前が何でもやってくれてたって知ったんだ。はい。
子供を連れての旅は危険でしかなかった。はい。
ボクは何も知らなかった。はい。怖かった。はい。
痛かった。はい。
でも頑張らなきゃいけないって思ったんだ。そうですか。

ねえ、ボク頑張った?ええ、あんたはよく頑張りましたよ。

20131209








ちょっと眠ってる間に千年経ったらしい。
目が覚めたらそこにはいつの間にか大きくなったシーたんがいて、オレもなんだかでかくなっていて、シーたんが知らない人と笑ってて、気のせいかもしれないけど空の色も違う気がした。
オレ生きてるのかよ。千年寝てたのか。すげーな。思ったのはそれだけだった。

シーたんも元気そうでよかった。シーたんが楽しそうでよかった。シーたんに友達ができてよかった。
笑って話すシーたんを見て安心した。よかったよかった。目の奥が熱くなって、鼻がつんと痛んだ。

あーあ。オレ、ちゃんとシーたんのお兄ちゃんがやりたかったな。
ただそれだけがほんの少し心残りだった。

20131209








シーたんって今幸せなのかなあ。ふと思ったことを口にする。はあ、と訝しげな声が真上から降ってきて、頭に強い衝撃が走った。
何でもすぐ殴っちゃ駄目だぜシーたん。諭すように言えば、感情の籠っていない謝罪の言葉が聞こえてきた。
お前はどうなんだ、シーたんの問い。オレはそれに胸を張って答える。

千年も生きてて、なんかよくわかんない人よりちょっと変わった人生送ってて、美味しいものがあって、友達が増えて、世界を旅するっていう夢が叶ってるんだ。
幸せじゃないはずないだろ。
シーたんは腹を抱えて笑って、オレの腹に重い一撃をくれた。
そういうことだ。そう答えたシーたんの声は明るかった。

20131215








月が高いなと思った。そこにあるのが当たり前で、ずっと見てきたのに、月は遠いのである。
夜空を飾る星なんかよりもっと大きくて美しいのに。ひとり、ぽつりと。
そうして静かに光る姿は、なんとなく誰かを髣髴とさせた。
だからボクは太陽になりたいなあと思うのだ。ひとりじゃないことを伝えるために。

20131215








【アルバ「空月さんは『2Pアルバと三章アルバで空がテーマな話を描いてみたらどうかな?かけたら見せてね!」 http://shindanmaker.com/372409】

「ねえクレアシオンはどうしたの?」
「かえったよ」
「どこに」
「空に」
「何言ってんだよ」
「あいつは空に還ったんだよ。ここにはもういない」
「クレアシオンを殺したの」
「うん」
「どうして」
「もうこの世界には必要なかったから」
「必要ないから殺したの」
「そうだよ。ここにいるべきはシオンなんだ」

20131215








寝息が聞こえる。すうすう、穏やかだ。
それに合わせて呼吸をしてみる。すうすう。自分からも同じ音がした。
それがどうしようもなくくすぐったくて腹の底があたたかかくて、目を閉じた。
すうすう。三つあった音がひとつ増える。おやすみ、と囁いた声が夜闇に溶けて静かに消えた。

20131215








最初に左手に着けた重々しい装備を捨てた。次に剣を、それから首元に巻いていた赤いスカーフを捨てた。勇者の証を捨て、魔力を捨てた。
何もかもを捨てて空っぽになったオレを埋めるように、次から次に渡された。
親友を、仲間を、世界を、幸福を、未来を、心を、そのすべてを。渡されて、受け取った。
旅立った時よりも両手が重くなった。
背負うことをやめた背中は軽かったけれど、その右手に左手に、抱えきれないほどのたくさんのものを受け取って。
それを零さぬよう慎重に歩いていたらいつの間にか夜が明けていた。

夜明けの空に世界を見る。随分遠くまで来たものだ、と受け取ったすべてを抱え直した。

20131215








「ココアにマシュマロ入れると甘くておいしいんだよー」
「へえ。じゃあひとつ」
「ああ!ロスさんひとつって言ったのに!ふたつ取ったー!」
「ケチケチするなよ」
「むう…仕方ないなあ」
「…お、うまい」
「でしょ!?甘くておいしいねえ」

「(くそうもの凄く混ざりたい…!)」

20131216








【アルバ「空月さんは『三章アルバと幼少期シオンでシリアスメインな話を描いてみたらどうかな?かけたら見せてね!」 http://shindanmaker.com/372409】

迎えに来たよ。一緒に行こうか。
ゆらゆら揺れる世界の中で彼はのんびりと笑っていた。行かない、首を振る。
オレには父さんとあいつがいるから。行かない。彼は困ったように笑って、オレの頭を撫でた。
じゃあ、お前が来るまで、待ってるから。
言い残して彼は消えた。一体いつまで待つつもりなのだろう。
オレはここから動くことなんてできないのに。
膝を抱え直して、少しだけ泣いた。

お前は小さい頃から意地っ張りだなあ。笑い声が聞こえた。
ふわりと抱き締められる。あたたかかった。
もう頑張らなくていいんだよ。彼は笑う。
迎えに来たよ。一緒に行こうか。
差し出された手を握って、オレは小さく頷いた。

20131216








うきうき、そわそわ、どきどき。
窓の外を見て耳を澄ませてカレンダーを見て時計を見て。まだかなあ、踊り出しそうなくらい逸る心臓をどうにか宥めすかして。
かちかち、時計が刻む音を、ひとつひとつ数えて。
ぴりりりり、響く笛の音。待ちくたびれたよ!
緩んだ頬をそのままに、さあゲートに飛び込め!

【月一カテキョを楽しみにしてるのはあるばとろすだけじゃないんだよ っていうるきたん】

20131218








ゆるしてもいいだろうか。あいしてもいいだろうか。
ゆるされないことをしたあいつを、ゆるしてはならないあいつを、ゆるしても、あいしても、そうしてだきしめても、いいだろうか。
ゆるしてしまいたくなる、そんなじぶんを、ゆるせなくとも。
あいつのことを、ちちのことを、ゆるしても、いいだろうか。

20131222








「え?シーたんの扱い?うーん、シーたんはあんなんだからばーっといってとりあえず一回ぼこぼこにされたあとにもっかいばーっといってぎゅーってしてぼこぼこにされたらシーたんすきすきーって言っても怒られなくなるからこうひゅばーって!」
「すごいさっぱり分からない」
「えー?んー、あとはねー、シーたんはこうどーってきてがんがん来る人とかには弱いからアルバくんもがー!どーん!がしっ!ぎゅー!ってしたらシーたんと仲良くなれるんじゃない?こう、どん!がしゃん!ぐしゃ!みたいな!」
「クレアさん、それボク死ぬ前提ですか?」

20131222








「クレアさん、あのね!いい子にはサンタさんが来てプレゼントをくれるんだよ!クレアさんは何が欲しい?」
「…うーん、…お嫁さん?」
「お嫁さんなんか貰わなくても私をあげるよー!だからほら、プレゼント!何がいい?」
「ルキちゃんくれるのかー!……うん?あれ?」

20131224








「「メリークリスマース!」」
「私からはマフラーだよ!」
「ボクからはこれ!手袋!ロス、寒いの苦手だろ?」
「アルバさんと一緒に一生懸命編んだんだよ!」
「ちょっと汚いけど…頑張って作ったからさ!使ってくれよ!」
「…ありがとう、ございます」
「「どういたしまして!」」

20131225








ちらりとカレンダーを見る。課題に追われる日々ですっかり時間と日付の感覚を忘れてしまって、意識してカレンダーを見なければ今日が何日かさえも忘れてしまうのだ。
それに家庭教師の日に何のもてなしの用意もしていなかったら全力で殴られる。
あいつはボクが封印されていることなんてお構いなしだ。

「あ」

カレンダーには12の文字。気付けばもう師走。年の瀬。
今年一年もいろんなことがあったなあと感慨深く思いながら、来年の自分に思いを馳せる。来年こそ外に出られるといいけど。
ぼやいた言葉は少しだけ響いて消えた。乾いた笑い声が漏れる。悲しいことに洞窟での一人暮らしにも慣れてしまった。

さて、今日は何日だ。視線を巡らせて気付く。そうして鼻の奥がつんと痛んだ。
今日は12月25日。クリスマスじゃないか。
ひゅう、と洞窟の外から寒々しい風の音が聞こえた。道理で寒いわけだ。道理で誰も来ない訳だ。
ケーキやチキン、たくさんのプレゼント。これ以上考えてしまったら本当に泣きそう。

「メリークリスマス」

ぽつりと呟いた声は存外響いた。魔法で温かな料理を作り出そうとしてやめた。ボクはペンを放り投げてベッドに横になる。
シオンやクレアさんはどこかでクリスマスを楽しんでいるだろうか。ルキは家族みんなでご馳走を囲んでいるに違いない。みんなの幸せそうな顔が浮かんで消える。

まあ、いっか。ふふ、と口から笑い声が漏れた。みんなが幸せならそれでいいか。
ボクには来年も再来年も、たくさんたくさんクリスマスを楽しむ未来が残ってる。今年はひとりで少しさびしいけれど。本当はさびしいけれど。仕方ない。
ボクは毛布を被って目を閉じる。滲んだ涙には気付かないふりをした。

「メリークリスマースっ!」

ぱんぱん、と何かが弾ける音。毛布の上から次々にボクの身体に命中する何か。敵襲か、混乱する頭で必死に考える。
ベッドから飛び出す。何があってもいいように傍に置いてある短剣に手を掛けて鞘を放り投げて、
「ちょ!アルバくんストップ!」
そんな声に、短剣を取り落した。

「え?あれ?」
「もー!アルバさん危ない!」
「何してんですか勇者さん。あんたいつから切り裂きジャックになったんですか」

ぷりぷりと怒るのはルキ。呆れたようにボクを見ているのはシオン。そして。

「…し、死ぬかと思った…!」

ボクの足元でへたりこんでるのはクレアさんだった。ボクは呆然とする。

ベッドを見た。色とりどりの包装紙に包まれた箱があった。机を見た。ほかほかと湯気を立てているご馳走があった。
床に散らばる紙吹雪は、きっとクラッカーでも鳴らしたのだろう。三人を見た。赤い服に赤い帽子。背中には空っぽになった袋を担いで、彼らはボクを見ていた。

「メリー、クリスマス…?」

ぷ、と噴き出したのは誰だったか。ルキがきゃらきゃらと笑い、クレアさんがけたけたと笑う。
シオンだけはどうしてだか笑いもせずにじっとこちらを見ていて、ボクは笑ってしまった。
どうしてお前がそんな仏頂面をするんだ!シオンの持っていた最後の一本のクラッカー。それを持って、ボクは笑った。

「いらっしゃい!ボクのサンタクロースさんたち!何もないところだけどゆっくりしていって!」

シオンが笑った。腹を抱えて、げらげらと。聞いたことのない大きな笑い声を上げていた。
釣られてルキがまた笑って、クレアさんも笑って、だからボクも笑った。笑いながら、顔面にケーキを食らった。嘘だろ。

「アルバさん」
「アルバくん」
「勇者さん」
「「「メリークリスマス!」」」

ボクは今度こそ涙を流して、今年一番の笑顔を見せた。

「ルキ、クレアさん、シオン。メリークリスマス!」

どうせボクの精一杯の笑顔も、ケーキに塗れて見えるまい!

「あ、勇者さん。そのケーキ責任持って完食してくださいね」

【そんな感じのクリスマスなろすあるきくれあちゃん はっぴーめりーくりすます!】

20131225










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