#迷うって青春だ





「恵ぃ。」


体術の訓練後の休み時間。
飲み物でも買おうと誘われて、俺がいるのは自販機の前。


「はい、何ですか。」

「……どっちがいいと思う?」


俺を誘った本人、苗字先輩は、機械の前で仁王立ちしながら俺にそう尋ねた。


「どっちって……」

「カフェオレ。BOSSか、GEORGIAか。」

「……別に、どっちでも一緒じゃないんですか。」

「あぁーでもDyDoのは鬼滅か!
でも缶だもんなぁ、飲みずらいよなぁ……」

「聞いてねぇな、この人。」



この人のことは、正直苦手だ。
いや、正確には苦手というか、よく分からない。
(あと時々五条先生が言いそうなことを言う。)


いい人だと思う。
綺麗だし、頼れるし、何より強い。
その優しさはいつも人を集めるし、実際俺の隣にはいつも気付けばこの人が居た。

でも正直なところ、俺はこの人のことを掴みかねている。


「恵、じゃんけんしよ!」

「は?」

「恵が勝ったらBOSS。私が勝ったらGEORGIA。」

「DyDoはいいんですか?」

「うん、やめた。休み時間に缶はナシでしょ。」


いくよ恵!と、無意味に覇気のこもった声で苗字先輩が拳を突き出す。
仕方なく俺も手を出して拳を作った。


「じゃんけん……ぽん!」

一発目はお互いチョキであいこ。


「あいこで……」

「うあーーあいこかぁー!そう来たか!」







……は?


小さく呟いた俺のあいこを打ち消すように苗字先輩が崩れ落ちる。

いや待て、じゃんけんは普通決着がつくまでやるものじゃないのか。

あいこでやめるのか。

こんな後味悪いじゃんけんあるか。



「あいこだったからどっちも買ったわー。」


もやもや考えている俺をほっぽって、苗字先輩がペットボトルを2つ握って満足気に笑う。

心の底からため息をついて、俺はさっき買ったブラックコーヒーをぐいっと煽った。






「恵、カフェオレ飽きた。」

「あんたが2本も買うからそうなるんでしょ。」

「だってあいこだったから。」

「だから、じゃんけんっていうのは普通……」

「"迷うって青春だ" って、マックのツイッターも言ってたよ。
青春してたね私たち。」

「はぁ……」


自販機コーナー近くの段差に並んで腰掛けたままコーヒーを飲み終える。
呆れた俺を見て楽しそうに笑うと、苗字先輩は俺に飲みかけのカフェオレをひとつ差し出した。


「あげる、恵。」

「いや、俺さっきコーヒー飲んでたんですけど。」

「いいから貰ってよ。捨てるの勿体ないじゃん。」


ん。ともう一度差し出されるペットボトルを、渋々受け取る。
キャップを開けて普通に飲もうとして、もうこれには先輩が口をつけていることに気がついた。


……なんだ、この飲みづらさ。


気付かないふりをして飲めばいいのに、なんだかそれが悪いことな気がして、俺は口をつけないようにペットボトルを傾けた。


「うわ、恵くんお行儀わるーい。」


誰のせいだよ。と心の中で悪態をつく。
飲み込もうとした瞬間、先輩がぼそりと呟いた。


「さすが元ヤン」

「ぐふっ」


げほげほと思わず噎せた俺の背中を、先輩がとんとん撫でる。
大丈夫かーなんて言いつつ盛大に爆笑する先輩に、口元をぐいっと拭うと俺は慌てて先輩を見上げた。


「ど、どこでそれを、」

「野薔薇から聞いた、あんた強かったんだってね。」


くそ、釘崎のやつ覚えてろよ。
あいつがいるであろうグランドの方に目を向ける。
眉を顰めると、ぽん、と頭の上に手が乗った。



「でも、まだ弱いよね、恵は。」


先輩に視線を戻すと、こてんと首を傾げられる。


「そりゃあ、苗字先輩に比べたら……」

「そうじゃなくてさ。」

「……?」


今度は俺が首を傾げる方だった。
そんな俺に、先輩は穏やかに、優しく、ふわりと笑う。



「人は、守りたいものができた時に、本当に強くなれるんだよ。」


俺の髪を、先輩がさらさらと撫でた。

覚えていたよりずっと小さくて細い手。

俺を見つめるその瞳は、まるで……



その瞬間、前髪を退けられたそこに温かくて柔らかい何かが触れた。


「私は、あるからさ。」


「は……」


「じゃあ、さっさと戻るぞー。」



小走りで去っていった先輩を、俺は額を押さえたまま見つめていた。

その心臓は、妙な音を立てて動いていた。





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