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こちらの作品は、えれきちコラボ第二弾、
「徒花と道草」ゆきち様
書いてくださった短編小説です。
ゆきち様のサイトには、私が書いた
短編「"Disillusion"」を
掲載していただいております。
ゆきち様の「徒花と道草」も是非。






漸く訪れた暫くぶりの非番の日。
ナマエが洗濯物を干すためにバルコニーに出ている傍らで、クラウドはブックシェルフを整理していた。彼はどうにも続き物の書物が順よく並んでいないと気に食わない質らしく、一旦全ての本を取り出し、足元へ積み重ねている最中に事は起きた。
ばさりと音を立てて、クラウドの足元に落ちてきたのは見慣れない装丁のアルバムらしき本。何の気なしにひょいと拾い上げてぱらりと頁を捲れば、次の瞬間にクラウドの蒼い瞳は穏やかに細まった。
それもそのはず、そのアルバムはたった今、バルコニーでふたりぶんの洗濯物を干している愛おしいナマエのあどけない表情が数多く貼り付けられたアルバムだったからだ。思わず可愛い、と呟いてしまうくらいには物珍しい表情ばかりで、クラウドは夢中になって頁を捲る。とその時、何故か一枚だけ綴じられていない写真が頁の間からひらりと宙を舞った。

「……ん?」

床に落ちたそれを拾い上げて裏返したクラウドの瞳は、その瞬間大きく見開かれた。映っていたのは幼いナマエと、見たこともない少女。写真の中のふたりは、花が咲いたように顔を綻ばせ楽しげに笑っている。それはクラウドにとって、はじめて見るナマエの笑顔だった。

「クラウド、そっち手伝うよ。……どうかした?」

ガラガラと窓を開けて室内へと戻ってきたナマエは、背を向けて座ったまま動かないクラウドにきょとんと首を傾げる。そっと近付いて背後から手元を覗き込んで、次の瞬間には顔を真っ青にしたナマエがクラウドの手から写真を奪い取っていた。

「っ、ナマエ?」
「なんで…っ!捨てたと、思ってたのに…!」
「なっ!?待て!」

びり、と嫌な音が部屋に響いて、ナマエの手が写真を破き始めたのをクラウドが慌てて腕を掴み制止した。なんとか真っ二つになることは避けられたものの、写真に映り込むふたりの幼い少女を引き裂くように亀裂が入ってしまっている。その手から写真を取って、代わりにぎゅうっとナマエを腕の中に閉じ込めたクラウドは、様子がおかしい彼女を落ち着かせるように背中を撫でさすった。

先にも述べたように、クラウドはこの愛おしい恋人の笑顔を見たことがない。出会ったのは2年前、ミッドガルでのことだった。怒涛の日々を乗り越え一緒に過ごすうちに仲間としての親愛が恋慕に変わり、旅が終わる頃に想いを告げて漸く恋人としての立場を手に入れたのだが、一度たりともナマエは心からの笑顔を見せることは無かった。かと言って感情に乏しいわけでもなく、クラウドが上手くできないような、好きだとかそういったことを言葉にもしてくれるからなんら不満はない。けれど気にならないかと言えばやはりそれは嘘になる。ナマエが笑わない理由、笑えない理由が知りたい。そして出来ることなら、彼女の奥底にあるわだかまりを取り払ってやりたい。クラウドはいつの日もそんな風に強く思っていたのだ。

「ごめん、クラウド…。取り乱して…」
「いや、気にするな。落ち着いたか?」
「…うん」

先ほどより幾分か平静を取り戻し顔色も良くなったナマエを覗き込んで、クラウドは重い口を開いた。その視線の先には床に落ちたあの写真。

「…聞かせてくれないか」
「………」
「無理にとは言わない。でも放っておけないんだ。…あんたが、大事だから」

クラウドの瞳には真剣さと、ナマエを一心に想う慈愛に満ちた色が浮かんでいた。沈黙し言い淀んでいたナマエも、そこまで真っ直ぐに見つめられれば覚悟を決める他なかった。そうして、彼女がぽつりと語った内容は───。

「この子、私の親友だったの。明るくて、誰にでも優しくて、皆に好かれる自慢の親友だった」

──でもね、死んじゃったの。この写真を撮ったすぐあとに、魔物に襲われて。猫を追って立ち入り禁止の森に入ろうとした私を引き留めてくれたのに、大丈夫だからって無理やり連れて行って……。この子だけ、死んだ。私だけ、助かった。私のせいで、明るくて優しくて、皆に愛されるこの子が…。

「……ずっとね、私が代わりにいなくなれば良かったのにって思ってたの。この写真はね、その子の親に叩きつけられたもので…。能天気に笑ってる写真の私を見る度、虫唾が走るって」
「っ、…なんだ、それ……」
「だから笑えない。笑えなく、なっちゃった。私もあの日にね、この子と一緒に死んだの」

瞳に涙をいっぱいに貯めて声を振り絞るナマエを、クラウドは再び胸の中に抱き留め回した腕に力を込めた。予想もつかないほど凄惨な過去に、どう声をかけていいのかわからなかった。あの日に自分は死んだ。そのナマエの言葉が重くのしかかる。彼女にとっては、それがすべてだったのだ。

「ナマエ、」
「っ、ん、んん…!」

クラウドはナマエの顎に手を添え上を向かせると、その唇を自分のそれで覆った。啄むように何度か口付けて、隙間から舌を差し込む。彼女の思考を奪いたかった。これ以上自分を追い詰めて欲しくなかった。暫くするとクラウドのニットを掴む手からくたりと力が抜ける。クラウドは漸く唇を離して、潤んだ瞳をじっと見つめた。

「ナマエ、笑わなくてもいい。でももう隠すな」
「っはぁ、……え?」
「あの日にあんたは一度死んだかもしれない。けど、また一から始めればいいだろ。俺と、一緒に」
「一から…?クラウド、と?」
「ああ。俺はいつでもナマエの味方だ。もしどうしても生きる理由が欲しいなら…、俺のために生きてくれ」

その瞬間、ナマエの瞳から大粒の涙が零れた。生きる理由が欲しかった。あの日親友の代わりに生き残ってしまった自分を、心が死んだ自分を、必要として欲しかったのだ。他の誰でもなく、愛するクラウドに。長い年月を経て、ナマエはやっと生きていく意味を見つけた。

「愛してる、ナマエ」

穏やかで綺麗に微笑んだクラウドに釣られるように、ナマエは涙を流しながら花が咲いたように笑った。
窓から吹き込んだ風が落ちた写真を揺らす。しあわせになってねと、幼い声が聞こえた気がした───。








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