01.Welcome to Burlesque
「駄目だ。」
本当に、全くだめだ。
終わった。完全に。
はあああああ。と、誰も聞いていないのをいい事に大きくため息をついた。
こっちに来てどうにか借りられたアパート。
決して立派なアパートとは言えないし、女の一人暮らしにしては少し不用心すぎるような場所だったが、とりあえず屋根があれば寝られる。
荷物を備え付けのベッドに放り投げて、またひとつ、劇場がまとめられた冊子のひとつの欄にバツをつけた。
これで3つ目のバツ。
「ほんと、どこもいいシアター無いのかな……」
もう一度ため息をついて、私は再び街へ繰り出した。
3時間後。
結果報告。バツが5つになりました。
はああああもーーー駄目だ。
もう終わりだ。
拗ねて入ったカフェのバルコニーで、ビールジョッキでも持ってるみたいにエスプレッソを流し込む。
私のせいでオシャレなカフェも居酒屋の雰囲気だが、今日だけでも許して欲しい。
もう、今日は帰ろう。
そう思ってイヤホンを付けようとした時だった。
「今夜も行くのか?」
「そりゃあそうだろ!なんと言っても今夜は、例のダンサーが出る日だぞ、と。」
「ああ、そうか、金曜日だからな。
それは逃せない。」
「あんなに良いステージ、他じゃ見れねえよ。それに何より、あそこは酒がうめえ。」
「ふ、そうだな。」
……ダンサー?ステージ?
気付けば私は、その男性2人組に詰め寄っていた。
「PARLOR……PARLOR……」
メモしたお店の名前を呟きながら、大通りを進んでいく。
都会は人が多いけど、お陰様で人の流れに乗っていけば大抵行きたいところに着くことがわかった。
"PARLOR"
それが、私が彼らに聞いた場所の名前。
彼らが言うには、半地下にあるバーレスクらしい。
彼らの言葉を思い出す。
「大丈夫だ、女の子1人で来る子も時々いるし。なぁ?」
「そうだな。階段を降りるから少し入りずらいかも知れないが、大丈夫だ。」
「あそこでいっぺん入るか入らねえか迷うのは、全員が通る道だぞ、と。」
……ここだ。
ネオンで彩られた「PARLOR」の文字。
階段の先からは、小さく音楽が聞こえてくる。
「"窓がなくても綺麗な夜景が見られる店"……か。」
私は意を決して、その階段に1歩足を踏み出した。
1歩、また1歩と階段を降りて行く。
それに伴って、少しずつ大きくなって行く音楽。
階段を降りきると、小さなカウンターに男性が1人立っていた。
「いらっしゃい。女の子ひとりかい?珍しいね。」
「あの……PARLORってここですか?」
「そうさ。PARLOR、窓がなくても綺麗な夜景が見られる店。1人なら50ギルだよ。」
ご、50ギル……
あったかな、今……
ごそごそと財布を漁る。
どうにかギリギリ、50ギルかき集めて受付の彼に渡した。
「どうも。楽しんで。」
促されるままにドアを空け、足を踏み入れる。
……そこには、目を疑うほどに美しい光景が広がっていた。
入ってすぐの後ろ側にはバーカウンター。
内装は上品なインテリアで統一されていて、薄暗いのにいやらしくない。
そして人でいっぱいの客席と、なにより目を引くのは、その前に広がったステージだった。
際どい衣装と大人な音楽。
それでもダンサーの女性たちには高級感があって、下品じゃない。
むしろ雰囲気にも統一感があって、独特の世界観を創り出している。
すごい、こんな感覚初めてだ……!!
ふと、客席にさっきの2人組を見つけ、思わず駆け寄る。
「こんばんは!」
「ああ、あんたはさっきの。」
赤髪の男性が、よく来たな!と席をひとつ空けてくれて、遠慮なく腰掛ける。
それで1つずつ詰めたせいで隣のスキンヘッドの人が席に座れなくなっちゃったけど、まいっか。
「勇気出して来たか?」
「うん、ちょっと緊張した。」
「そうだよなぁ。分かるぜ。」
楽しそうに笑いながら酒を煽るその人に、私も思わず笑みが零れる。
「そういえば姉ちゃん、名前は?」
「ナマエです!」
「俺はレノ。それでナマエの後ろにいるのが……」
「ルード。」
「うわぁっ!!」
いつの間に私の後ろに回ってきていたのか、スキンヘッドの……ルードが後ろからぼそっと言った。
思わず驚いてふんぞり返った私を見て、2人がゲラゲラ笑う。
「ち、ちょっと!めっちゃびっくりした!!」
「びっくりさせたからな。」
「ナイス、相棒。」
そして、コト、と目の前にひとつグラスが置かれる。
ルードが持ってきてくれたらしい。
あ、でも……
「私……実は今日お金無くて、」
「はぁ?お前バーレスクに一銭も持たずに来たのか?」
「入る時ので全部持ってかれました……」
ぽかんとする2人。
そして彼らはまたゲラゲラ笑い出した。
「もう、笑わないでよ!今たまたまお金ないだけだから!!!」
「そもそもナマエに払わせる気は無かった。
はじめてここに来た記念だ、飲むといい。」
「そーそー。マジでうめえから、飲まねえと損だぞ、と。」
ルードがレノの方に回って、結局2人がひとつの椅子に半ケツで座る。
退こうとしたら、女の子は優雅に座ってろと言われてしまった。
「それじゃあ、ルード、ナマエ。」
レノが小さくグラスを掲げる。
それにならって、私もルードも同じようにした。
「俺たちの新しい仲間のPARLORデビューに、乾杯。」
「かんぱーい。」
「ん。」
目を合わせて頷くと、私たちは1杯をぐいっと飲み干した。