君がいるから
その男、クラウド・ストライフは誕生日が嫌いだ。
ニブルヘイムにも新羅カンパニーにも祝い合うような知り合いはいなかったし、そもそも自分という存在を塗り替えて過ごした時間はクラウドにとってあまりにも長かった。
故に彼は誕生日を素直に喜べなかったのだ。
「ねえ、クラウドって誕生日いつなの?」
そう聞かれたのは1週間ほど前か、聞かれて答えたは良いものの、だからといって自身の誕生日に心を踊らせるような事は無かった。
「ナマエ。」
キッチンに立つ彼女に声をかける。
その女性、ナマエは楽しそうな笑みを浮かべながら振り返った。
どうかした?と首を傾げる彼女。
クラウドは後ろからナマエの腰に腕を回して手元を覗き込んだ。
「夕飯か、何を作ってるんだ?」
「んー?さあ、何でしょうか。」
いかにも興味津々でクラウドは鍋を覗き込む。
「…チキンか」
「そう、バジルチキン。
美味しいお酒買ってきたから、せっかくなら合うもの作ろうと思って。」
「わざわざか、珍しいな。何かいい事でもあったのか?」
彼の問いに、ナマエは小さく笑う。
「いい事……うん。まあね。」
少し身体を捩ってクラウドの頬に口付けるとナマエは、もう少し待っててね、と料理に視線を戻した。
暇を持て余して何となくテレビに目を向けていると、できたよ。と彼女の声。
綺麗に盛り付けられた皿を彼女の手から預かって食卓に並べていく。
プレートの上に住む人間と比べると質素な暮らしだが、彼の幸せは確かにここにあった。
少しすり減って付いた机の傷ひとつひとつには、大切な思い出が詰まっている。
「クラウド、明日は特に用事もないんだったよね?」
「ああ、ナマエもか」
「うん、休み。じゃあ2人で飲めるね。」
そういってナマエの持ってきたワインは、いつもは手を出さないような高価なものだった。
「じゃあ……はい、クラウド。乾杯しよ。」
ナマエがクラウドのグラスにもワインを注いで、すっと差し出す。
「何にだ?」
受け取る前にクラウドが尋ねるが、ナマエはグラスを彼に押し付けるばかりだ。
「いいから、いいから。はい、乾杯!」
「……乾杯。」
彼女の作った料理はいつにも増して美味しかった。
さっぱりしててしつこくないし、ワインにも合う。
美味い、と伝えると、今回は凝ってますから。と返される。
いよいよ何か思惑があるのでは無いかと訝しんで尋ねるが、先程からなんとなくはぐらかされてばかりだ。
昔はワインにトーストを入れたから乾杯は英語でトーストを上げると言うんだ、だとか、ニワトリは実はキジ科の鳥なんだ、だとか。
料理を食べている間なにかを誤魔化し続ける彼女は、一方でとても楽しそうだった。
一通り食事も終わって、2人でソファに座りながらグラスを片手にテレビを眺める。
「クラウド、楽しい?」
ナマエが突然尋ねた。
「ん?うん、楽しいよ。」
彼女の髪を撫でて、額にキスを落とす。
ナマエはそれを聞くと嬉しそうに笑ってクラウドの首元に擦り寄った。
失いたくないな、なんて考えと同時に、旅の道中に星へ還ってしまった仲間の顔が頭を過る。
不意に愛おしくなって、クラウドはナマエを抱き締めた。
彼女は腕の中で、なに?突然どうしたの?なんて戸惑っている。
その様子が可愛くて、クラウドは小さく笑った。
「なんでもない、ただ何となくこうしたくなったんだ。」
彼女はただ、「うん、そっか。」とだけ言ってクラウドに身を預けた。
「……クラウド、ちょっと持ってきたいものがあるんだけど、いいかな。」
ナマエがクラウドの腕の中から顔を上げて、楽しそうに笑う。
腕を解くと、彼女はキッチンにぱたぱたと向かっていった。
洗い物か?それなら後でやっておくのに。
ふと再びテレビに目を向けると、ちょうど天気予報。
日付の表示を見て、クラウドははっとした。
8月11日。
「そうか……今日は、」
「クラウド、」
戻ってきた彼女の手元には、ケーキが2人分。
「誕生日、おめでとう。」
……何かが、クラウドの心にぐっと込み上げた。
優しく笑って小さく息を吐くと、クラウドはナマエの頬を撫でる。
「……ああ。ありがとう。」
こんな幸せな誕生日なら悪くないかもしれないなんて、こうして彼はまた、彼女に塗り替えられていく。