君はおめでとうと言わない
昔から、誕生日を祝われるのが苦手だった。
「おめでとう」と言われる度に、どう反応すれば相手が喜ぶか、どう返せば正解なのかと考えているうちに、その言葉が嫌になってしまったのだ。
それから昔は聞かれれば答えていた誕生日も次第に言わなくなり、今となっては私の誕生日を知っているのはたった1人だけになった。
コンコン、と控えめに聞こえるノック。
「ナマエ。」
ドアの向こうの甘い声に、私はドアを開けた。
「クラウド、お疲れ様。どうしたの?」
「晩飯、一緒に食べないかと思って。」
彼の手元には、普段は食べないような少し上等な料理の品々と、有名なメーカーの赤ワインの瓶。
メインディッシュはどうやらステーキだ。
お腹が鳴りそう。
「あ、食べる食べる。上がって。」
「ああ。」
さっとテーブルを拭き終わるとクラウドが料理を並べてくれて、質素なただのダイニングテーブルは高級レストラン顔負けの表情に早変わりする。
「わぁ……めっちゃ美味しそう……!
こんなのどこで買ったの?」
「俺が作った。」
「えっ!?クラウドが!?」
「冗談だ。」
「もう!」
2人で向かい合って座ってから、クラウドがワインをグラスに注いでくれて乾杯する。
「ありがと、クラウド。いただきます。」
「ん、いただきます。喉に詰まらせるなよ。」
ワインを1口煽って、ステーキを口に運ぶ。
その美味しさに、私は思わず目を見開いた。
「うっま……!!」
溢れる肉汁と、香るあっさりしたソースの風味。
脂身が少なくて食べやすいのに口の中でとろける。
煽ったワインがくどさだけを流してくれて重くもならないし、食べやすい。
「ナマエ、絶対好きだと思ったんだ。」
「うん、好き、めっちゃ好き!美味しい……」
思わず夢中になってナイフを滑らせる。
ふと、クラウドがひと口も料理に手を付けていない事に気が付いた。
「クラウド、食べないの?」
頬杖をついて私を見つめるクラウドの目が、熱を持って、でも優しく私をとらえる。
「ん?ああ。いい食いっぷりだと思って。」
「貶してる?」
「貶してない。」
「ならいいけど。」
また料理に目を向けた私の頬を、徐にクラウドが撫でた。
顔を上げると、クラウドが向かいの席で立ち上がる。
彼はそのまま私の隣に腰掛けて、そっとはにかむようにキスをした。
「ん……クラウド、ご飯、」
ああ、と、クラウドが自分の料理をマットごと引き寄せた。
「ちょっと、行儀悪い。」
「はいはい。」
「美味しいんだから、早く食べなきゃもったいないよ。」
そう言いつつステーキを口に運ぶ。
うん、やっぱり美味しい。
ごくりと飲み込んだ瞬間、クラウドが私にもう一度口付けた。
「ん……っ、」
舌が突然絡んで、私の中を這う。
持っていたナイフとフォークを慌てて置いて、クラウドの胸元に縋りついた。
「クラ、ウド……んん、」
「ん……ナマエ……」
キスはどんどん深くなって、味わうようにお互いの熱が絡み合う。
その間にも彼の瞳は私を離してくれなくて、心の奥の本能みたいな何かが、ぐっと熱くなるのを感じた。
は、と息をついて、糸を引きながら唇が離れる。
それが切れるまで、お互いにじっと見つめあっていた。
突然、クラウドがふっと笑う。
「うん、美味いな。」
「……っ!!バカ!!」
真っ赤になる私を笑って、優しく髪を撫でる彼。
改めていただきますを言い直して、クラウドは料理を食べ始めた。
ベッドの中、隣に横たわる彼の胸元に擦り寄る。
その私をぐっと抱き寄せると、クラウドは私の髪に口付けた。
労わるように腰を撫でる手が、暖かくて気持ちいい。
息を吸い込むと、肺が彼の匂いで満たされて、それが心をいっぱいにした。
「ナマエ。」
低く、でも優しい声が私を呼ぶ。
「ん、何?」
「愛してる。今年も、一緒に居てくれ。」
その言葉に、思わず小さく笑って、私は彼の頬にキスをした。
「うん、私も愛してる。クラウドも、一緒にいてね。」
優しく、暖かい空間。
私の誕生日を唯一知る君は、おめでとうと言わない。