恋人扱いだ。







こちらの作品は、
はみさん「空っぽだから」
への贈り物として書いた作品で、
そちらのサイトにも掲載していただいております。
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……最近、彼女と全く会えていない。


職業柄仕事量に波があって時々こうやって会えない日が続くことはあったが、今回はなんというか、そもそも家に帰っているのかも分からないほど彼女の生活リズムが狂っている。



今まではドアの音で帰宅に気付いたのに、最近はそれもないのだ。

突拍子もない時間に帰っているのか、そもそもちゃんと家に帰っているのだろうか。



悶々と考え込んでいると、夜にも関わらず俺の携帯が鳴った。

画面には、見知ったスラムの住民の名前。

出てみると相手はずいぶん慌てていて、聞くところによるとモンスターが突然現れてにっちもさっちもいかない状況らしい。



……時間外労働だぞ。

多少悪態はついたものの放っておく訳にも行かず、俺はバスターソードを背負って家を出た。










疲れた。

それは疲れた。

もう1歩も動けないくらいには疲れた。

最近忙しくて、休みが取れたと思っても家でのんびりごろごろする時間もなく、職場の人から貰い疲れまでしてしまって、何だか身体的にも精神的にもキた。

なんとかアパートまでは帰ってきたが、自分の思考が停止しているのを感じる。


あーもう、なーんにもしたくなーい。

部屋のドアをあけようと鍵を差し込むけど、あれ、刺さんない。
あ、こっちの鍵だっけ。

キーチェーンに2つかけた鍵の片方で扉を開けると、とりあえず荷物を放り投げる。

ベッドに倒れるように寝転ぶと、なんだかいつもより深く沈みこんだ気がした。

すぐに瞼が重くなってくる。

まるで背中からマットレスに根っこが生えたみたいだ。

いけない、まだメイクも落としてないのに。


……でも、今日くらい良いかな、頑張ったし。

職場で歯磨いてきたのは正解だったな、なんて思いながら、気付いたら私の意識も深く沈んで行った。










ひとつ言わせて欲しい。

会いたいとは思ったが、宅配は頼んでないぞ。

モンスター退治もそんなに苦戦せず報酬片手に帰った俺は、ベッドの上に彼女を見つけた。
それ以上は説明のしようが無い。


死んだようにぴくりとも動かないが、生きてるよな。

顔にかかった前髪をそっと除けると、疲れた目元が覗いた。



仕事、そんなに忙しかったのか。

髪を撫でると無意識に擦り寄ってくる。

頬にそっとキスを落とすと、擽ったいのか少し首を捩った。



しばらく寝顔を見つめていると、寝心地が悪いのか眉を顰めて小さく唸った。

全く、着替えもせずにベッドに寝転ぶからだ。

それに目が覚めたら、きっと風呂に入らず寝てしまったことを嘆くのだろう。

仕方がないが、1度起こすことにした。












耳元で名前を呼ぶ、大好きな人の声。

低く少し掠れた声が響いて、もっと聞いてたい。

そういえばここ数日、会えてないな。

額にキスされたのを感じて、ゆっくり目を開ける。



「ん……クラ、ウド……?」




まず視界に入ったのは、青がかったラピスラズリみたいな瞳。

それから目に映った綺麗な金色の髪に、私は思わず指を通した。


「うん、起きたな。」


お疲れ様、とまたキスが落ちてくる。

心地が良くて、もう一度目を閉じ……


……ん?待てよ?おかしい、おかしいよね!?


「クラウド!!??」


がばっと勢いのまま起き上がると、貧血で目眩がした私をそっと抱き留めてくれた。

いや、待て、なんでだ?
なんで私の部屋にいる?

慌てて周りを見渡す。

……あ、ここ私の部屋じゃないじゃん。



「全く、いくら疲れてるからって男の部屋に間違えて入るな。」



髪を撫でて困ったように私を見つめる彼に、私は苦笑いするしかなかった。



「あー、ごめん、ぼーっとしてた。
部屋、帰るね。次はちゃんと自分の部屋に。」



立ち上がろうとすると、くっと腕を引かれてもう一度同じところに収められた。



「とりあえず風呂に入って着替えてこい。
このまま帰したら、絶対あんたはまたその格好のまま寝る。」


「ぎくっ。」


「ぎくっ、じゃない。
とにかく入ってこい。
着替えは前ここに置いていったのがあったな、出しておく。」




行ってこい、とまた頭を撫でられて、さっさと脱衣所に押し込められた。

……なんか、子供扱いされてない?

まあでも、時にはいいかも。なんて思いながら、多少の眠気に抗いつつどうにかお風呂からあがった。












ふわふわしたまま風呂に向かった彼女の背中を見つめると、やっぱり疲れているのだとわかる。

目の下の隈や立ちくらみは、それを証明するには十分だった。

先程の覇気のない笑顔を思い出して心配になる。

誰に対しても、いつも優しすぎるんだ。



「ふはー、さっぱり。ありがと、クラウド。」



その当人はタオルでがさがさと髪を拭きながら出てくると、ドライヤーどこだっけ?と洗面台を漁っている。

後ろから手を伸ばして、ドライヤーが入った引き出しをすっと引いた。

ドライヤー片手にその小さな手を引いて、ソファに座らせる。



「あ、乾かしてくれるの?ありがと、何でも屋さん。」


「報酬は安くないぞ。」


「じゃあデート1回ね。」


「ふっ、悪くないな。」



ソファの後ろに立ってその美しい髪に指を通す。

さらさらと指の間からこぼれるその感覚が心地いい。

しばらく乾かしていると、目の前の頭ががくんと揺れた。



「あ……ごめん、寝ちゃってたね。」


「いや、大丈夫だ。もう乾いた。」


「ん、ありがとう。」



目を擦りながら欠伸をするその手を引いて、そっとベッドに来るよう促すと、すぐにうつ伏せに寝転んだ。

……正直、惚れた相手が自分の部屋のベッドに寝転んでいるというのは、目に悪い。

いやいや、疲れてるんだ。と首を振って、自分を誤魔化した。



「何でも屋さん、もう1つ依頼、いい?」


「ん?何だ。」


「足のマッサージ、お願いします。」


「は?マッサージ?」


「うん。足パンパンで死んじゃいそう。」



早く早くー、と軽く足をばたつかせる彼女に頭を抱えた。

そんなのした事が無い、と答えると、自分がやって気持ちいいようにやれば大丈夫だから。と笑いながら返された。



遊んでるだろ、俺で。


恐る恐る、その細い足に手を伸ばす。

自分が良いように、やればいいんだよな?

疲れた時に自分がやるように、ふくらはぎをぐっと揉んだ。



「っいて、」


「す、すまない。強かったか。」


「ん、もう少し弱めでお願いします、」



今度は両手で包み込むようにそっと解す。

今度は痛がってる様子も無く、力を入れすぎないように優しく揉みこんでいった。










10分ほど揉んでもらっているけど、クラウドは何となく力加減が分かってきたみたいで、優しい手つきが私の眠気を誘う。

最初は痛かったけど、今は全然平気だ。

むしろ彼の男らしい手がいい所に当たって気持ちいい。



「ん、ぁ……あ、そこ、気持ちい……」



情けない声を出しながら、私のまぶたはだんだん重くなっていった。

あ、もう落ちる。

そう思ったところで、クラウドの手がぱっと離れた。



「あ、もう終了時間?」


仰向けになって後ろ手にベッドを押しながら、目眩がしないようにゆっくり起き上がる。

何もこたえないクラウドの方に目を向けてから気付いた。



やってしまった。完全に煽った。



「疲れは取れたか。」


「え、あ、はい、取れました。ありがとう。」


「だったらマッサージ分の報酬、今もらってもいいな。」


「あの、報酬って、その……まさか。」


「煽ったのが悪い。」


噛み付くようなキスを感じながら、明日は動けなくなりそうだな、なんて他人事みたいに考えた。








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